『万葉集(100分de名著 )』の書評とサクッと要約|1300年前の人々の言葉に耳を傾ける

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100分de名著『万葉集』(佐佐木幸綱 著)

『万葉集』って、日本史でも習いましたし、その存在自体を知らない人ってほぼいないですよね。でも『万葉集』に収録されている歌にどんな歌があるかを知っている人というのは、そうそういないのではないでしょうか。

今回、NHKの100分de名著の解説を読んで、万葉集を完全に知った気になるまでに至りました。まさか万葉集で(しかも解説本)ここまでエモーショナルな感情に浸れるとは…

こうした解説本は著者の解釈にはなりますが、専門家のレンズを通してみた時に「こういう見方がある」というののがわかるだけで、めちゃくちゃ勉強になります。万葉集だけ読んでも、正直なところ歌の羅列で、しかも分からな過ぎて何も感じないんですが、時代や詠んだ人の背景が見えてくると、ぐっと身近に感じます。

万葉集で歌われる時代は1300年も前なのに、現代人と変わらない郷愁や恋慕もあり、なんとも人間味があるのです。

特にわたしは、大伴旅人(おおとものたびと)と大伴家持(おおとものやかもち)の親子に感情移入しますかね。

旅人の妻への尽きぬ愛。亡き妻への想いをつづりまくります。正妻ではない女性との50代になってからの子どもで長男でもある家持にも、その置かれた環境に感じ入るところがあります。家持は、一族の左遷人事であったり、讒言などにより、当時没落しつつある大伴氏を憂いているなか、それでも大伴氏の誇りをもって立とうとする、そんな姿も想起されます。

万葉集の時代は「言霊信仰」を背景に詠まれているというのもなるほどで、最初は雄略天皇のものとされる成婚の歌で五穀豊穣を、最後は大伴家持が新年になって未来を祝う歌で終わっているのも印象深いですね。こうした構成までの解釈がなされ、とても勉強になります。

とはいえですが、歌は全然覚えられないんですけどね。「こんな感じの歌あるよねー」くらいは博しましたが… でもこの本は、歌から飛鳥から奈良時代の歴史を、歌人たちから感じることができるので、万葉集は読まずとも、100分で名著だけは読んでおいてもいいんじゃないかなーと思いました。

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サマライズ(本の概要と要約)

万葉集とは
『万葉集』とは?
万葉集の内容
『万葉集』の内容と時代ごとの特徴

本の概要
●万葉集とは
・語源
 ー「万」とは「よろず」
 ー「葉」とは「言葉・歌」「時代」
・編纂者
 ー不明だが大伴家持が深くかかわった
・概要
 -長歌、短歌を合わせて4500首
 -天皇、役人、名もなき民まで様々な人々の歌が集められている
 -雄略天皇に始まり、大伴家持に終わる
 -言霊信仰に支えられている
 -のちの勅撰和歌集に大きな影響を与えている(巻数や部立て)
 -他との違いは、「東歌」「防人の歌」があること

内容
・雄略天皇の歌で始まる(五穀豊穣を予祝)
・時代区分は大きく4つ

 ①舒明天皇~壬申の乱
 ②壬申の乱~奈良遷都
 ③奈良遷都~山上憶良没
 ④山上憶良没~天平宝字三年

①舒明天皇~壬申の乱
 ー激動の時代(大化の改新、白村江の戦い)
 -代表歌人は、額田王(ぬかたのおおきみ)
  -白村江に向けた兵と鼓舞を言霊に乗せた歌

②壬申の乱~奈良遷都
 -天武天皇から天皇の神格化
 -代表歌人は柿本人麻呂、プロ歌人
  -おおきみは神にしませば…と天皇礼賛
  -数々の発明。(廃墟の美化、決まり文句)

③奈良遷都~山上憶良没
 -歌が公的なものから私的なものにまで浸透
 -山部赤人
  -天皇の神格化は当たり前の
  -先輩、柿本人麻呂へのリスペクト忘れない
 -大伴旅人
  -亡き妻への歌が多い
  -地方と中央の行き来が多い時代を象徴
 -山上憶良
  -志の人、貧窮問答歌
  -地方の民間の困窮を歌にして中央に届けようとした

④山上憶良没~天平宝字三年
 -代表歌人は大伴家持
  -大伴氏の没落憂う
  -文化を残そうと歌を集める

・大伴家持の元日に詠んだ歌で締めくくられる(未来を予祝)

著者:佐佐木幸綱

今回、『万葉集』の解説をされている佐佐木幸綱さん、とても明朗な内容で語られ、とても理解しやすいです。存じあげなかったのですが、ご自身も歌人だそうです。本書の「はじめに」においても、万葉集の注釈書を書いた昭和の三名の歌人について記述に、窪田空穂、土屋文明、佐佐木信綱、とあったのですが、最後の信綱氏は祖父にあたる方のようです。

佐佐木幸綱さんは、河出書房出版社で「文藝」の編集長にもなられていて、その後、複数の歌集を出し、『群黎』で第15回現代歌人協会賞、『瀧の時間』で第28回迢空賞、『ムーンウォーク』で第63回読売文学賞など活躍されています。2002年には紫綬褒章を受章されていいる歌人でもあります。

NHKのページに佐佐木幸綱さんが『万葉集』で講義をするにあたってコラムを寄せていますのでご参考ください。

混沌・おのがじし・気分(名著32 『万葉集』:100分 de 名著 名著、げすとこらむ)

本の解説と感想

万葉集とは何か

日本最古の歌集が『万葉集』です。

『万葉集』は天皇から役人名も無き民まで様々な立場の人々が読んだ歌がまとめられ、1300年経った今も親しまれています。「万葉」という語源は、「万=よろず」、「葉=言葉・時代」とされ、それを表しているもののようです。

編纂者は厳密には不明ですが、大伴家持(おおとものやかもち)が深くかかわったということだけは分かっています。

内容は、長歌、短歌を合わせて4500首に上っており、20巻、三部構成にまとめられています。この構成は後世の勅撰和歌集にも影響を与え、古今和歌集などは万葉集の構成を継承しています。他の和歌集との違いは「東歌」と「防人の歌」があることです。

万葉集の初期は、宮廷では古代最大のクーデターである「大化の改新」に始まる政治改革が起きたタイミングです。その後の「改新の詔」によって中央が地方を管理する、中央集権国家に向かいます。やがて奈良時代には律令国家に至り、文字が一般化し、都市が出現するなど、日本が天皇を頂点とした国として確立していくのが、万葉集の時代と言えます。

こうした背景から、中央と地方、役職の上下など、共通したコミュニケーションが必要となった時代であり、そのツールとして歌の言葉が重宝され、ゆえに万葉集には宴席歌が多い、と著者の佐佐木さんは述べています。

宴席でもあるので、堅苦しい歌ばかりがあるわけではありません。恋の歌もあれば、笑わそうとおもったり、わざと三枚目を装ったりするようなものもあります。

家にありし 櫃に鍵さし蔵めてし 恋の奴のつかみかかりて
(家にある棺に鍵をかけてしっかりと閉じ込めておいたはずの恋のやつが掴みかかってきやがって)

『100分de名著 万葉集』p24 穂積親王

若いころの恋を忘れようとしたものの、愛した人の死によってそれが再び思い起こされることをうたったものです。

蓮葉は かくこそあるもの 意吉麻呂(おきまろ)が家なるものは 芋の葉にあらし
(蓮の葉は、こういうものだったのか。意吉麻呂の家にあるものは芋の葉であるらしい)

『100分de名著 万葉集』長意吉麻呂(ながのおきまろ)

いいものか悪いものは判断あるでしょうが、宴席の美女たちを蓮に例え、自身の妻を芋と表現するという歌です。このように当時の人々の関係性や価値観が垣間見えるものであり、それを今に伝えるものでもあります。

ところで、万葉集の特徴でもある「東歌」と「防人の歌」とは何でしょうか。古代日本が国外で戦争を行ったのが白村江の戦です。日本は戦争で成り立ってきた大陸の大国とその属国である半島の勢力には到底かなうわけもありません。こっぴどくやられてしまうわけですが、半島からの侵略を監視し、事が起こったら対応するための役として「防人」がつくられました。

その防人の任に当たったのが、日本の東国に住んでいる人たちでした。なぜ東国の人たちが多かったかは定かではありませんが、九州と東国ではあまりにも遠く、逃走ができない、逃走してもあきらめざるを得ないという説もあるようです。防人は東国の人だけではないものの、万葉集に入っている防人の歌は、東国から徴兵された人たちの歌になっています。東歌には、次に防人として徴兵されるのは誰なのかという話題するなか、その話題ができることすら羨ましいと思う妻の歌などが収録されています。この時代ならではの歌と言えそうです。

時代区分から万葉集を捉える

万葉集は時代により研究がなされ、時代区分として捉えたのは賀茂真淵(かものまぶち)で、現在ではそれをベースにして4つに分類されるようです。

第1期 舒明天皇即位(629年)から壬申の乱(672年)

『万葉集』の最初の歌は雄略天皇であり、舒明天皇よりも前なのですが、どうやら万葉集が編纂された時代の人たちの認識では、舒明天皇とその前の推古天皇との間で大きく時代が分かれる感覚があるようです。現代に生きる私たちが、江戸時代と明治時代とで、「あちら」と「こちら」で分けるような感覚と言えばわかりやすいかもしれません。

この第1期とされる時代は、大化の改新を経て、古代最大の内乱である「壬申の乱」に至るまでの激動の40年余の時代になります。

このころの時代の歌は主に皇室が担っていました。代表的な歌人は額田王(ぬかたのおおきみ)です。

熟田津に 船乗りせむと 月待てば 潮もかなひぬ 今はこぎ出でな
(熟田津で出航しようと月の瀬を待っていると月も塩も絶好の状態となったさあ今こそ漕ぎ出そう)

『100分de名著 万葉集』36

当時、大陸の大国である唐と、半島の新羅が組み、百済を襲います。百済は日本に援軍を求め、日本はこれに応じます。日本史の教科書に記載される日本と外国との戦いで、とりわけ印象的だった白村江の戦いにつながる大船団の出航において、兵を鼓舞する歌です。当時としては大戦であり、言霊の力で奮い立たせようというものだったようです。

額田王はなんともミステリアスな存在で、モテる女性だったのか、皇族間の恋愛関係がなかなかすごい。ある宮廷の宴席で額田王と大海人皇子の贈答歌が詠まれ、その宴席に座しているのは天智天皇(中大兄皇子)。額田王は大海人皇子と過去に子を儲けていましたが別れ、そのあとの額田王の恋の相手が中大兄皇子だったという。この場はすでにそれらが過去になっているなかで、元カノがその元カレと恋の贈答歌をやりとりするというカオス…宮廷恐ろしい。

話はかわり、この時代には有間皇子という悲劇の皇族もいます。孝徳天皇の子で、有力な天皇候補。中大兄皇子とは皇位継承ではライバルであり、常に猜疑の目で見られていました。謀反の罪に問われ、絞首刑となってしまいます。自らの運命を憂いながらの歌も印象的。

磐白の 浜松が枝を 引き結び まさきくあらば またかへり見む
(岩代の浜松が枝を引き結びで行く幸いにもし無事だったらまた立ち帰ってこれを見よう)

『100分de名著 万葉集』p38

すでに死を覚悟しているものです。有間皇子は後世から人気であったのか、その魂を慰め、歌によって鎮魂しようという試みがみられています。編纂された年代が100年以上後ということもあるのか、罪に問われた皇族の鎮魂歌が残るのは、とても印象的です。

第2期 壬申の乱から奈良遷都(710年)

この時代は、天武天皇が偉大な天皇として人々に畏敬へされていく時代に始まります。

天武天皇は、舒明天皇を父、皇極天皇(斉明天皇)を母に持つ、皇族の中でもサラブレッド。それに加え、古代日本最大の内乱である壬申の乱では、わずか30人ほどで吉野を経ってから瞬く間に強大な軍事力を手にし、んきで近江朝廷を滅ぼしました。新朝廷では、皇族だけの補佐を受けながら独裁的な権力を振るうに至ります。

こうした経緯を背景に、時代に天皇の神格化が進んで行くことになります。

ここの時代の歌人で有名なののは柿本人麻呂です。まずは天皇を称える歌をご紹介します。

大君は 神にしませば 天雲の 雷の上に いほらせるかも
(わが大君は神でいらっしゃるので、人間には不可能なことをなさる。雷の上に庵していらっしゃる)

『100分de名著 万葉集』p57

この歌は明日香村の高さ20メートル程度の丘に、天皇が国見するための庵を作ったことを、壮大なスケールで歌にし普通の人間にはできないことだと表現しています。

柿本人麻呂は、後世の歌に大きな影響を与える発明もいくつかしています。例えば廃墟を美化する表現。松尾芭蕉が歌った「夏草や 兵どもが夢のあと…」は、廃墟に見られる無常から私たちの心を寂しさで満たします。柿本人麻呂は日本史上で初めて廃墟を通して心に訴えかける歌を歌ったそうです。

また、プロフェショナルな意識があったのか、歌を何度も書き直して、その最初と最後がわかるよう割注を記録していたそうです。

恋の歌も詠んでいて、これがまたなんか現代でもこれに代わるようなシチュエーションてあるんじゃないかなと思いました。

淡路の野島が崎の浜風に妹が結びし紐吹きがへす
(淡路島の野島が崎の浜を吹く風に都を出るとき、妻が結んでくれた服の紐がひるがえる)

『100分de名著 万葉集』p72

この時代、旅をするのは命がけでもありました。旅の無事を祈って妻が結んでくれた服の紐が風にたなびくのを見て、妻を思い出したのでしょう。

第3期 奈良遷都から山上憶良没年(733年)

この時代は、歌が公的なものから私的なものへ、ハレからケの歌へと移行していったそうです。

もはや、天皇が神のような存在だというのは当たり前なので、あえて天皇を強調して称えるようなことはしません。山部赤人(やまべのあかひと)が柿本人麻呂をなぞった歌では、クールさがあり、人麻呂のように情熱溢れる表現はしていません。

山部赤人の歌で、「なんか聞いたことあるな…」というのがこの歌でした。

田児の浦ゆ うち出でてみれば 真白にぞ 不尽の高嶺に 雪はふりける
(田子の浦を通って視界の開けるところに家出てみると、純白に、富士の高嶺に雪が降り積もっている)

『100分de名著 万葉集』p88

この歌は、富士山を見たことのない人達を前に土産話と共に披露された歌であるらしいのですが、解説も含め味わってみると、空間と景色、そして時間軸が重なってドラマチックな内容なんだなと感じました。長く旅をしてきたところ、景色が開けると、富士山の白い雪が見え、その背景に青い空がある。

大伴旅人(おおとものたびと)という人物もいます。この人、この解説本を読んでとても好きになりました。60歳を超えてから九州の大宰府に赴任したそうなのですが、赴任早々、最愛の妻(大伴郎女・おおとものいらつめ)を亡くしてしまいます。この悲しさを忘れるためなのか、大伴旅人の歌は大宰府赴任から奈良に帰って没するまでの3年間に集中しているそうです。

還るべく 時成りけり 京師にて 誰がかもとを かわが枕かむ
(いよいよ京都に帰ることになっただが、京都に帰って、私は一体誰の腕を枕にして寝ようというのか)

『100分de名著 万葉集』p95

どんだけ正妻の大伴郎女を愛してたんだって話ですよね。一方で正妻ではない妻の子である大伴家持も大宰府には同行していました。当時の価値観はわかりませんが、どのような気持ちだったのでしょうか。

この時代、最後の大物は山上憶良(やまのうえのおくら)です。日本史を学んだ人にとっては、『貧窮問答歌』で記憶に残っているかもしれません。

わたし、かなり勘違いしていたんですが、山上憶良って『貧窮問答歌』をまとめているから、なんとなく本人が貧乏なものだと思っていました。そうじゃなくて山上憶良は筑前守まで務めた役人で、『貧窮問答歌』は地方の民間の貧しさを中央に届けようとした、志の人だったんですね。あと、『貧窮問答歌』って歌集だと思ったら、万葉集に収録されているものなんですね。

第4期 山上憶良没年から天平宝字3年(759年)

この時代は「家持の時代」と呼ばれることがあるようです。大伴旅人の子である大伴家持(おおとものやかもち)が代表歌人です。

家持には「音」や「声」という共通したテーマを持つ歌が見られたそうです。
音に寄り添う愁いのような、デリケートな感覚を歌にのせています。こうした微妙な感覚を表現した歌人というのはこれまでにいないそうです。

夜ぐたちに 寝覚めてをれば 川瀬尋め 情もしのに 鳴く千鳥かも
(夜中に目覚めていると、川の浅瀬を伝うようにして、心がしおれるばかりに、泣いている千鳥よ)

『100分de名著 万葉集』p113

大伴氏は、日本古代における超名門貴族です。父である大伴旅人は、大納言にまで上りつめましたが、家持自身は、最終的に中納言でとまります。奈良時代になると藤原氏の台頭が目立ち、大伴氏は謀反の疑いをかけられたり讒言により左遷人事も多く、確実に没落しつつありました。

惜しき 清きその名ぞ 凡ろかに 心思ひて 虚言も 祖の名断つな 大伴の 氏と名に負へる 丈夫の伴
(名誉ある清らかな大伴の名なのだ。おろそかに考えて、かりそめにも祖先の名を絶やすでない。大伴の名を持つわが丈夫たちよ)

『100分de名著 万葉集』p121

家持は越中に赴任してから、自分を考える時間ができたものか、先人たちの歌を集め整理をし始め、
こうして万葉集の編纂に深く関わる

家持は、歌とは伝統詩であり、それが価値あるものとなるためには、歴史の中にきちんと位置づけられるものでなければならない、と考えた

『100分de名著 万葉集』p119

4000首以上が盛り込まれた万葉集は、最後は大伴家持が元日の開いた宴で詠んだ一首で締めくくられます。

新しき 年の初めの 初春の 今日降る雪の いや重け吉事
(新しい年の初めの元日の今日降る雪のように、いよいよ降り積もれ、よくことよ)

『100分de名著 万葉集』p139

万葉集は、五穀豊穣を予祝する雄略天皇のめでたい歌にはじまり、激動の時代を経て天皇が確立し、個性が溢れる世界を描いてきました。最後の家持の一首は、新年が明けてこれからきっと良きことが絶えることなく降り積もるような、明るい未来を予祝する正月の歌で閉じらています。

本の目次

  • 第1章 言霊の宿る歌
    • 巻頭の歌――豊作を予祝する帝王の歌
    • 万葉集の時代
    • 大君に仕えまつれば――公的宴席の歌
    • 恋の奴のつかみかかりて――私的宴席の歌
    • 万葉集という歌集
    • 万葉集第一期
      • 代表作者の栄光と言霊――額田王
      • 鎮魂の物語へ――有間皇子
      • 御命は長く天足らしたり――天智天皇挽歌
  • 第2章 プロフェッショナルの登場
    • 蒲生野の宴
    • 万葉集第二期
      • 大君は神にしませば
      • 儀礼空間と天皇賛歌
      • 廃墟の美の発見
      • 虚構と推敲
      • 旅の諸相、そして死
  • 第3章 個性の開花
    • 万葉集第三期
      • 三十五年後の吉野賛歌
      • 都市生活と〈個〉の誕生
      • 長歌から短歌へ――山部赤人①
      • 田子の浦と青空――山部赤人②
      • 酔泣と凶問――大伴旅人①
      • 亡妻挽歌――大伴旅人②
      • 大宰府と筑前守――山上憶良①
      • 貧窮問答歌――山上憶良②
      • 腰細のすがる娘子――高橋虫麻呂
  • 第4章 独りを見つめる
    • 万葉集第四期
      • 感覚を表現する歌人――大伴家持
      • 越中守と「山柿の門」
      • 大伴の氏と名に負へる丈夫の伴
      • 春愁三首の〈気分〉
    • 多摩川にさらす手作――東歌
    • 拙劣き歌は取載せず――防人の歌①
    • 百隅の道は来にしを――防人の歌②
    • 万葉集巻軸の歌

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