ダンゴムシを観察し続け、心を科学した本。それが『ダンゴムシに心はあるのか 新しい心の科学』です。
読みやすいかなと思って油断していたけど、わりとちゃんと科学なので読み進めにくい部類に入りますね。。『人間をお休みしてヤギになってみた結果』もそうでしたが、科学というのは仮説と実証研究の積み重ね。
心とは何かを探るために、この場で考える「心」が脳の部位の話なのか、感情なのか…などの前提整理から入り、何を証明すれば「心とは何か?」という問いに回答できるかということを、1章50ページまるまる使っています。それだけ目的・仮説・検証方法が大事ということですね。
で、少しかっ飛ばすと、著者は「未知」の状況になったとき、普段隠されていた行動が現れることこそ、心の働きだろうと考えます。
そこでダンゴムシを使って、ダンゴムシに未知の状況を作らせたときにどのような行動をとるのかを観察したというもの。
実験もこんな地道な繰り返しなんだと驚きます。私が助手だったら病んでる気がする…
まずダンゴムシを大量に飼育しなければならない時点で身の毛がよだちます。
実験中もT字路ターンテーブルをダンゴムシの動きを見ながらずっと回し続ける(たぶん手作業だよね?)とか。
こうした環境の構築と、実験によって起こった動きというのは、普段からよく観察して記録に残しておかないと分からないことばかり。
「心があるか?」という証明になるのかは分かりませんでしたが、間違いなくダンゴムシなりに変則行動をとろうとする「何か」はあるな…と思える研究でした。
小学校のころ、夏休みの自由研究とかでこういう実験の事例みたいなものをあらかじめ知っていたりしたら、もっと違うことやっていたんじゃないかな。なんとなくステンドグラスとか作ってたけど…
科学者の探求心てすごい。
本の概要と要約
●著者の課題
古くから賢人や学者たちが頭を悩ませてきた「心とは何か?」という問いへの回答がいまだに得られていない。
●解決方法
ダンゴムシという観察対象を未知の状況に置く実験で、ひとつの回答を与えたい
●内容
・心とは何か?
-非日常的な回答は「脳における認知的活動および感情を司る特定の部位」
-日常的な回答は「同僚を前にして『彼には心がある』と把握する概念」
・隠れた活動部位の存在
-通常、わたしたちが行動を選択するとき、他の行動を抑制する活動を行っている
-行動を抑制している状態を「心の気配」や「内なるわたくし」という
-二歳児は抑制が効かないため、言うことを聞かない
-具体的な例(昔の友達に会うとき、予想内)
-声かけよう→「よお!」と言う
-懐かしい→抑制される
-具体的な例(昔の友達に会うとき、予想外)
-声をかけよう→遮断
-懐かしい→大泣きする
-心の働きは「未知」の状況に陥ったときに生じ、予想外の行動の発現として現れる
-これをダンゴムシという観察対象を通して見出せば、心が何かの解答になるのでは
・なぜダンゴムシなのか
-偶然、たまたま
-身近にたくさんいて装置も小型で多様なものが作れると思ったから
・未知を与えるには、ダンゴムシにとっての既知を知る
-障害物にあたると障害物に沿って移動する
-障害物が無くなるともとの進行方向に進む
-迷路に入れると多くはジグザグに進む
-「交代性転換」という習性の発見
・与えた未知の状況
①2つのT字路をターンテーブルにして200回往復させる
②円形の床の外堀を水にして、交代性転換してもずっと水に接触させる
③ほかにもある…
・発生したこと
①変則的な転換をしたり、壁を上る個体群が現れた
②水に浸水して堀の外に出る個体群が現れた
・まるで生きようとする最後のあがき
・障害物を道具として知能があるのでは
→ダンゴムシにも自立性があると考えざるを得ない
著者:森山徹
1969年生まれ。神戸大学大学院自然科学研究科博士後期課程修了(博士・理学)。公立はこだて未来大学複雑系科学科助手、信州大学ファイバーナノテク国際若手研究者育成拠点特任助教、同繊維学部助教を経て、2017年12月現在、同准教授。専門は比較認知科学、動物心理学。ダンゴムシなどの行動実験を通し、心や意識、私とは何かを独自の視点から探求。日本認知科学会奨励論文賞を受賞している。
2018年には、オオグソクムシに魅入られ、『オオグソクムシの本』を出版されています。
●メディア
“キモカワ生物”オオグソクムシに魅せられた准教授(文春オンライン 2018/6/3)
●SNSなど
researchmap(森山徹)
本の解説と感想
心の概念
心という言葉が日常生活で使われる時に把握される抽象的な概念をまず表現してみれば、『心とは何か』という問いへの解答は、自ずと導かれるのではないかと、ふと、思ったのです
『ダンゴムシに心はあるのか』p19
「心とは何か?」という問いに対して、科学現場ではしばしば「脳における認知的活動、および、感情を司る特定の部位」などと説明されます。
この説明だと、頭よさそうな感じなのですが、実際に私たちが解釈している「心」とは何かズレを感じざるを得ません。著者の森山さんは、この科学的な説明を「非日常的」と表現しています。
これに対し、例えば「同僚を前にして、彼には心がある」と感じることや、「心を込めてあなたに贈ります」と言う抽象度の高い何かを「日常的な心の概念」として捉えています。
隠れた活動部位と、未知への反応
私たち人間における心の働きは「未知の状況に陥った時に生ずる予想外の行動の発言として現前する
『ダンゴムシに心はあるのか』p50
人間あるいは動物は、一つの行動を発現しているときは、余計な行動を抑制します。
例えばこういうことです。
「贈り物を差し出そう」という活動において、「心を込めてあなたに送ります」と言葉に出すとき、同時並行で「今日の夕飯何だろう?」という活動は脳内でしていも、それに関わる行動を発現させないように抑制をしています。
ダンゴムシであれば、「餌を食べたい」という活動が「摂食」を発現させるとき、「前進したい」という活動はそれに関わる行動を抑制し、実際には前進しません。
…ご理解いただけるでしょうか?
同時に発現させてしまう例を挙げて理解を深めましょう。お子さまをお持ちの方は、お子さまが2歳くらいのころを思い出してください。「魔の二歳児」とも表現されるとき、その子は「歩く」という一つの行動を発現させていると同時に、おもちゃに対する「走りより」「屋立ち止まり」といった大人であれば抑制できる、余計な行動の発現を抑制することができないので、私たちにはその行動を時に戸惑い、「ダメでしょ」と言っても子ども自身もどうしていいか分からないので、泣いてしまうのです。
余計な行動の抑制という重要な働きは自然に獲得されて身に付いていきます。しかし、私たちの意識が行動を選択し、それを実現するとき、心は確実に他の行動の抑制という活動を行っています。私たちは、その活動を「心の気配」として感じているのです。
ところが、です。
抑制している行動が、表に出ることがあります。それは、予想外の出来事が起きた時です。
私たち人間における心の働きは「未知の状況に陥った時に生ずる予想外の行動の発言として現前する
『ダンゴムシに心はあるのか』p50
あなたは、意図せずに涙がこぼれることがないでしょうか?
それは平時ではない未知あるいは予想外の出来事に、どうしていいか分からなかったとき、心が働いた結果と言えるのではないか、というのが本書の仮説です。
観察対象としてのダンゴムシ
未知の状況における予想外の行動の発現こそが、隠れた活動部位としての心の働きの現前なのであれば、未知の状況に直面した時の行動を観察してどのような行動が現れるかを検証すれば、「心とは何か?」の回答が得られそうなことが分かりました。
その観察対象として選ばれたのが、ダンゴムシです。
実はダンゴムシでなければならなかった理由はないそうで、観察対象として選んだのは偶然なのだそうです。当初、どんな動物を使うかを決めあぐねていたそうですが、たまたま当時の指導教官が生き物を集めていた中にダンゴムシがいて、「身近にたくさんいるし、装置も小型で多様なものを短時間で安く作れる心置きなくとことん付き合える絶好の相手」と思ったとのことです。
ダンゴムシの既知
ダンゴムシにとっての「未知の状況」を知るために、森山さんはとことんダンゴムシを観察します。ダンゴムシにとってのあたりまえである「既知」を知らずして、「未知」な状況を用意することができないからです。
ダンゴムシの生態から観察し、サンプルとして適切な個体を育成させていくために、飼育にも気を遣います。死亡個体も要注意で、臭いやカビが付いているなどがあると病原菌やカビの感染がある可能性があり、数日で他の個体も死んでしまうのだとか。
こうしてダンゴムシと徹底的に向き合い、実験をスタートさせていきます。
まず、T字を組み合わせた迷路に投入すると、多くの答えが特定のゴールに達する事が分かります。ジグザグのルートでそこにたどり着くのです。これは何かしら行動にルールが染みついていると言えそうです。そのほかにも、障害物によって直進が妨げられると障害物に接しながら移動し解放されるときには、もとの進行方向に修正するなどが挙げられます。
過去すでにこの研究はなされていて、「交替制転向」という「ある時点の転向方向が、その直前の転向方向の反対になる」という行動があるそうです。これはダンゴムシに限らず広範囲の動物種で観察されているのだとか。
「交替制転向」の特徴は、簡単に言えば、進もうと思った方向に障害となるものがあったので、一回方向を変えて進んでみて、もう一回もとの進行方向に進んでもし障害が無くなっていたら、そのまま直進すればいいよね、という本能とでも言えましょうか。
ダンゴムシの未知
ダンゴムシの通常の行動が分かったら、ダンゴムシにとっての「未知」の状況を作り出すことができます。ダンゴムシにとって未知の状況とは、ずっと障害物にぶち当たる状態です。
大きくは2つの実験がなされていました。
①2つのT字路を用意し、ターンテーブルで繰り返し通路を選択させる
②円形のアリーナの外堀に水を入れ、アリーナから抜け出せない状態にする
①の実験では、ターンテーブルを使って何度も通路を選択させるわけですが、個体1体ごとに1日に100施行、これを2日間、1日あたり約30分やらせました。ダンゴムシにとっては文句なしに未知。。
すると、変則転向をする個体群が認められたのです。ジグザグに動くのではなく、進行方向から翻り元の道に戻るという行動なども見られました。これに森山さんは「ダンゴムシの心が道の状況を察知し自発的に発現させたのではないだろうか」と思ったそうです。
次に、今度は行き止まりを加えてみると、なんと壁を登りだす個体群が現れました。
ダンゴムシは通常、湿度が高くない場合は高いところに登ろうとはしません。(湿度の高いときは、高い場所へと移動して水分を蒸発させようとする。これも観察していたから分かったこと)
しかし実験では湿度は低い状態が保たれていたにもかかわらず壁登り行動を発現させたのです。
未知の状況で、最後の手段とでも言うように壁登り行動が自発的に発現されたのです。
②の円形アリーナの話に移ります。ダンゴムシは水を嫌います。なので水があればそれを避けようとジグザグに動いて水がなくなった道を進もうとします。しかし実験では水に囲まれているのでそれができません。
最初、ダンゴムシは交替性転向を発現させ続け、塀に沿って歩き続けたのですが、水たまりへの継続的な遭遇という道な状況に陥ったダンゴムシのなかに、自発的に浸水する個体が現れたました。森山さんいわく、それは「意を決したかのよう」で、浸水した様子は、謝って落水したのではなく明らかに積極的な浸水だったと述べられています。
これもまた生きるためのあがきのように思えます。
そこにダンゴムシの自律性と心があるような気がしてなりません。
本の目次
- はじめに
- 第1章こころとは何かーー「心の定義」を提案する
- 心とは言葉である
- 日常的な心の概念
- 内なるわたくし
- 心の気配
- 隠れた活動部位
- 心の実態とその偏在性
- 心と脳
- 感情としての心
- 器官としての心
- 「裏」としての心
- 魔の二歳児
- 心の成長
- 魔の出来事
- 心は現前するか
- 思いもかけない大泣き
- 未知の状況
- 心の現前
- 空は緑色
- オレンジの絵を見ながらメロンジュースを飲む実験
- 甘いみそ汁の味がする水
- 抑制と潜在
- 石の心
- 心を見出す流儀
- ジェラルミン板の心と職人の流儀
- 第2章ダンゴムシの実験
- 会社で学んだこと
- ダンゴムシとの出会い
- ダンゴムシの生態と分類
- 談合しの体と生活
- あなどれない飼育
- 交替性転向
- 交替性転向の意味と仕組み
- 特定行動としての交替性転向
- 未知の状況としてのT字路迷路実験
- 変則転向の発見
- 行き止まり実験
- 壁登り行動の発現
- 水包囲実験
- 泳ぐダンゴムシ
- 壁登り行動、再び
- 意味深長なパターンを見つける
- 「ジップの法則」と予想外の行動
- アリも泳ぐ
- ダンゴムシで世界へ
- 勇気と確信
- 何とかなるさ
- 北の大地でダンゴムシ
- 環状通路実験
- 障害物へ乗り上がる
- 壁堺界群の行動
- 水境界群の行動
- ダンゴムシの自律性
- 障害物を伝う行動
- 道具使用の萌芽―ダンゴムシの知能
- ダンゴムシの綱引き
- アンテナにチューブ
- 弓なりのアンテナ
- チューブの杖で、距離を探る
- 丸くなるのは反射的、元に戻るのは自律的
- ダンゴムシの心、再考
- 第3章ダンゴムシ実験の動物行動学的意味
- 心の研究と動物行動学
- 動物行動学における四つの「なぜ」
- 擬人化
- 動機づけ
- 定型的活動パターンと動物の心
- 研究者と動物の心
- 葛藤行動と動物の心
- 「心の科学」という遺産
- 第4章「心の科学」の新展開
- 心とは何であったか
- 知能の遍在性
- タコとの出会い
- タコの分類と生態
- エサをせがむタコ
- 迷路でのタコの行動
- 予想外の「歩き」の発現
- タコの問題解決
- ミナミコメツキガニとの出会い
- ミナミコメツキガニの分類と生態
- 予想外の迷走者と小集団
- ミナミコメツキガニは社会を作るか
- 待つ科学
- 結び―心の科学と社会