『世界は贈与でできている』の書評とサクッと要約|贈与とは受け取っていた過去の贈与に気づくこと

世界は贈与でできている Amazonほしい物リスト2020
世界は贈与でできている(近内悠太 著)

『世界は贈与でできている——資本主義の「すきま」を埋める倫理学』。この本は多くの人にお勧めしたい。子どもを持つ人が読むと、子どもとのコミュニケーションが変わってくるんじゃないかと思うし、子供がいなくても親への感謝を新たにする人もいると思います。

著者はウィトゲンシュタイン哲学の研究者…となんだか堅そうなのですが、この本はとても読みやすく情緒に訴えかけてきます。ちなみに本の中には、哲学から漫画、映画と著者の興味関心の柔軟性もあり、幅広い分野で情報を収集されているんだなと感心しきり。

さて、「贈与」ってなんだって話ですが、一言でいえば見返りを求めない行為であり、それが本当の意味で「贈与」となるには、受け手が気づいた時点で初めて「贈与」となるということだと解釈しました。

かなり前にGoogleのCMで、自分の娘が生まれたときから、娘のgmailアカウントを作って成長記録とメッセージをメールで送る父親の話を覚えている方、いないでしょうか。この本を読んでふと思い出しました。

この動画です。

Google Chrome Dear Sophie

「自分に子どもができたらこれやろう!」なんて思いましたが、いまだに結婚すらしていません。とても悲しくなりました…ということで何ができるかなと思い、私には1年半前に誕生した姪っ子がいるので、めっちゃ贈与したいと思います。

姪っ子はすでに預金口座が作られているので、お年玉を毎年振り込むことを決めました。直接渡すとなんかいやらしい気がするし、恥ずかしいんですよね。それになかなか会えないのでこういうやり方は親戚のつながりもあって面白いのかなと。

本のなかには「これは贈与だ」と言わないこととあるので、言わなきゃきっといいはず…。いつか気づいたらどんな反応するかなー。楽しみ。

世界は贈与でできている――資本主義の「すきま」を埋める倫理学 (NewsPicksパブリッシング) | 近内悠太 |本 | 通販 | Amazon
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サマライズ(本の概要と要約)

『世界は贈与でできている』の問題提起
『世界は贈与でできている』の問題提起

著者の課題
金で買うことができないものや、その移動である「贈与」は、必要で重要なのに、その正体が分かっていない。

解決方法
贈与の原理と言語の本質を理解することで、世界の成り立ちを知り、大切な人達と出会い直す。

『世界は贈与でできている』の要約
贈与とは?
『世界は贈与でできている』の要約
『世界は贈与でできている』の要約

内容
・贈与とは商品価値+余剰
・交換のロジックは「助けてあげる、で何してくれるの?」の原理。貸し借り無しの等価交換
・贈与は「これが贈与だ」と宣言してはならない
・贈与にはプレヒストリーがある
・贈与とは、受け取っていた過去の贈与に気づくこと

・どうやって贈与に気づくのか?
①求心的思考
ー合理性という基盤と常識的知識に基づく
ーアノマリー(変則性)に気づける
②逸脱的思考
ー言語ゲーム(例えば3+5=8という真理)を書き換える想像力
ー当たり前がなくなる時に、何が与えられていたかに気づく

・認知症の母が16時に徘徊する合理性
ー息子はなぜ16時に徘徊するのかわからない
ー介護職員は経験から16時に合理性があるはずと考えた
ー母は幼かった頃の息子を迎えに行っているだけ(幼稚園のバスが16時に来る)
ー母は異なる言語ゲームの世界にいた

著者:近内悠太(ちかうち・ゆうた)

noteに書かれている経歴などからご紹介します。専門はウィトゲンシュタイン哲学。教育者で哲学研究者。経歴は、慶應義塾大学理工学部数理科学科卒業、日本大学大学院文学研究科修士課程修了。リベラルアーツを主軸にした統合型学習塾「知窓学舎」講師をやられているそうです。

1985年神奈川県生まれ。
本書『世界は贈与でできている——資本主義の「すきま」を埋める倫理学』はがデビュー作。本書は第29回山本七平賞 奨励賞を受賞しています。

SNSでの発信もあり、インタビューもあるのでご興味がある方はフォローしてみてはいかがでしょう。

◆リンク
twitter:https://twitter.com/YutaChikauchi
note:近内悠太
インタビュー:「他者と正しくつながる」には「贈与の作法」を理解する必要があると思います

本の解説と感想

お金で買えないもの

誕生日や学校卒業といったイベント、日常のなかで何気なくに何かをもらう。そんなときに感じる気持ちは、自分でその与えられたものを購入するときとは全くの別物ではないでしょうか。

腕時計が贈り物として手渡された瞬間事態は一変します(中略)市場価値には回収できない「余剰」を帯びると言ってもいいかもしれません。

『世界は贈与でできている』p21-22

自分で買えるものだけど、他者から贈り物として受け渡されたものには、間違いなく機能ではなく情緒的な付加価値がついてます

これつい最近、実体験として「これか~」と感じたことがあるんですよね。わたし、普段使っているバッグはプレゼントしてもらったものなんです。職場の年末の片づけで、いらない缶飲料(レモンサワー)を譲り受けてバッグに入れて持ち帰ったんです。たぶん自宅にバッグを置いたときに中の何かが缶を貫いたんでしょうね…朝起きてバッグを持ち上げたら床までびっちょびちょ。

自分で買ったものなら、もうしょうがない捨てるか…となったかもしれませんが、プレゼントでそれは申し訳なさすぎる。バッグをなんとか洗い、においも落とし、2日間くらい干し、なんとか違和感のない状態に。

という感じで、お金で買えない何かがそこにあるわけです。

贈与にはプレヒストリーがある

無償の愛は必ず「前史」=プレヒストリーを持っています

『世界は贈与でできている』p29

『ペイ・フォワード』という映画をご存じでしょうか。『シックス・センス』で一躍有名になったハーレイ・ジョエル・オスメントが主人公(?)として出演した映画です。本書でも一つ贈与の例として語られていまして、久々にこの映画を思い出したということもあり、今一度観てみたいなと思いました。

さて、『ペイ・フォワード』はどういう映画かというと、ある記者が、自分に対して他者から贈られた善意が、そのプレヒストリーとして善意のリレーが発生していることに気づき、善意の発生源を辿っていくという物語です。贈与はつながりを生み出すということの例です。

プレヒストリーを親子に当てはめてみましょう。親は子どもに対して多くの場合、無償の愛を与えます。見返りなんてないのです。冒頭で述べたGoogleのCMであったり、後述するサンタクロースのように、親のその親、さらにその親…というように連綿と受け継がれる贈与とそのプレヒストリー。

なかには投資と表現する方もいるかもしれませんが…。その源泉は親が自身の親から受けた愛をリレーしているのです。

交換の論理

本書で贈与と対照的なものとして語られるのが「交換の論理」。わかりやすいのは、お金とモノを交換する行為。贈与と混同されがちなものとしては「ギブ&テイク」。

「助けてあげる。で、あなたは私に何をしてくれるの?」これがギブ&テイクの論理を生きる人間のドグマです。要するに「割に合うか合わないか」で物事を判断する態度です。

『世界は贈与でできている』p50

というもので、「交換の論理」ではギブしたものに対して、見返りが前提になってしまっています。

必然、交換の論理の世界では、人は打算的になります。何か目に見えるモノあるいはサービスと交換できるという思考だからです。本書の冒頭でスイスの核廃棄物処理場建設の例が挙げられていました。処理場受け入れの候補地となった村の人たちの51%が受け入れに賛成をしたそうなのですが、その後、補償金を払うという前提を置いたら、賛成が25%にまで減ってしまったそうです。

これは、廃棄処理場の建設が本来歓迎することではないことはわかりきっているなか、これまでのプレヒストリーのある恩恵を無償の愛として返礼したのに、お金で交換するという論理に巻き込んでしまったがために、賄賂のように思えてしまったというのです。

交換というのは、等価交換であり合理的な市場経済です。贈与というのは不合理であり、経済学者がわからないものということでしょう(最近、ダニエル・カーネマンに代表される行動経済学では、人間は必ずしも合理的ではない、という考え方が浸透していますが)

このあたりは『愛するということ』で語られる「愛」が、この本でいう「贈与」であるとも言えますね。

サンタクロースの正体

お子さまがいる親の悩み事でよく聞くのが、サンタクロース問題。いつまでサンタクロースからのプレゼントを子どもの楽しみとするか。個人的にはあまりサンタクロースにお世話にならなかったと思うし、親からもサンタ問題で悩んだことはないと聞いてますが…

4章では、サンタさんの存在意義が明らかになります。これかなり大事だなと思いました。

親から子どもへのプレゼントは、多いと思うのですが、どことなく子どもは負い目を感じることがあるかもしれません。おねだりになるとなおさらですね。

ところがクリスマスのサンタクロースのプレゼントは様相が違います。子どもは「サンタクロースはよいこ子にプレゼントを無償で贈る存在」であるために、負債を負わなくて済むのです。

サンタクロースという装置によって「これは親からの贈与だ」というメッセージが消去されるからです。つまり親に対する負い目を持つ必要がないまま、子は無邪気にそのプレゼントを受け取ることができるのです。

『世界は贈与でできている』p108

こう考えると、誕生日プレゼントというのも、ある種の免罪符のように機能し、プレゼントをもらってもいい日、なんですね。子どもにとって特別な日になるわけです。

逸脱的思考と求心的思考

贈与は、受け取っていた過去の贈与に気づくこと、届いていた手紙の封を開けることから始まり、それは「求心的思考/逸脱的思考」という想像力から始まる

『世界は贈与でできている』p238

贈与が完成した贈与になるためには、受け手が贈与であると気づくことが必要です。それに気が付くためには「求心的思考」と「逸脱的思考」が役に立つという話です。

「求心的思考」からのアプローチは、常識のなかで何か変則性(アノマリー)に気が付くことで、不合理のなかの合理という贈与を受け取ることです。

例として平井堅の『君の好きなとこ』の歌詞には、合理と不合理が混ぜられ、不合理なはずなのに受け手にとってうれしい気持ちになります。

照れた笑顔
すねた横顔
ぐしゃぐしゃ泣き顔
(中略)
長いまつげ
耳のかたち
切りすぎた前髪

『君の好きなとこ』平井堅

すでに認識してる自分の長所と特徴の、合理と不合理を合わせると、受け取り手にとって贈与に映るんですね。

「逸脱的思考」からのアプローチは、SF小説のように常識外の世界、つまり今までの言語ゲームから逸脱することによって、今まで当たり前にあったものに気が付くことです。

現代に生きる僕らは、何かが「無い」ことには気づくことができますが、何かが「ある」ことには気づけません

『世界は贈与でできている』p183

本書のなかでたびたび登場する『テルマエ・ロマエ』。この漫画がなぜ、わたしたちの心をつかんだのかというと、ルシウスがこの世界と初めて出会う姿を見ることによって、という主人公のレンズを通して、当たり前だったものが実は当たり前ではないことに気が付くからです。

母親が16時に徘徊する真実

本書のなかでも、特に記憶に残ったエピソードをご紹介します。認知症の母親が毎日16時に徘徊するという話です。

息子はなぜ16時に徘徊してしまうのかがわかりません。不合理でしかないのです。しかし、介護職員の方は経験から「16時」という点に何かがあると思い、息子には16時に心当たりがないかと尋ねます。これは求心的思考です。息子さんには心当たりはないものの、親戚に心当たりのある人がいました。16時は幼稚園のバスを迎えに行く時間だというのです。

それをヒントに介護職員の方は「今日は息子さん、お泊り会で帰ってきませんよ」と言うと、母親は部屋に戻っていったそうです。母親は「16時に息子を迎えに行く」という言語ゲームの世界にいたのです。

「16時に迎えに行く」のは母の無償の愛であり、この事実を知った息子は、過去の贈与に気づいたということです。このあと息子はどのようにその子どもと接していくのでしょうか。

アンサングヒーロー

その功績が検証されない影の功労者歌われざる英雄。アンサングヒーロー。それはつまり、評価されることも褒められることもなく、人知れず社会の災厄を取り除く人ということです

『世界は贈与でできている』p209

アンサング・シンデレラという、病院に勤める薬剤師を主人公した、テレビドラマ化もされた漫画があります。薬剤師は私たちの生活のなかであまり意識しない存在です。調剤薬局などで会話をすることがあると思いますが、その方が「薬剤師」であるということを知っている人は実は少ないように思います。ですが、その存在はとても重要。このように私たちには認知していないけど、たくさんの人に支えられて過ごしています。

求心的思考と逸脱的思考によって、アンサングヒーローの存在に気が付いた人だけが、ひっそりとまた贈与の連鎖を受け継いでいきます。

まとめ

たくさんの学びがありました。プレゼントは市場経済の原理の隙間にあるもの。自分で買ったものが壊れるのと、プレゼントしてもらったものが壊れるのとでは全く状況が違う。ギブ&テイクは、負債を負うという考え。とにかく見返りをもとめないギブが贈与。

とにかくギブだ!という人もいますが、受け手にとってはそれが呪いになることがあるということも書いてあり(届いてしまった年賀状とか…)、それはその通りなので、距離感や頻度、雰囲気など、気にしないといけないこともありますね。

プレゼントの意味、プレヒストリー、交換の論理、アンサングヒーローなど、いろいろな示唆を与えてくれる素晴らしい本でした。

本の目次

  • まえがき
  • 第1章 What Money Can’t Buyー「お金で買えないもの」の正体
    • すべてはヒトの「早産」から始まった
    • 「お金で買えないもの」とは何か
    • プレゼントの謎
    • 贈与が嫌いな経済学者
    • 「祝う」と「祝われる」、そのどちらが嬉しいか
    • なぜ親は孫が欲しいのか
    • 「無償の愛」という誤解
    • 映画「ペイ・フォワード」に見る贈与の困難さ
    • 贈与の「起源」をたどれ
    • 受け取ることなく贈与した者の悲劇
    • 神学者アクィナスの「不動の動者」
    • 贈与、偽善、自己犠牲
  • 第2章 ギブ&テイクの限界
    • 助けてあげる。で、あなたは何をしてくれるの?
    • 交換のロジックの「速さ」
    • 「自由な社会」の正体
    • インセンティブとサンクションの幻想
    • 献血はコスパが悪い
    • セカイ系の贈与
  • 第3章 贈与が「呪い」になるとき
    • 強いつながり
    • 届いてしまった年賀状
    • 「毒親」に悩んだ心理学者
    • 「架空の借金」の正体
    • 愛と知性があるから呪いにかかる
    • ダブルバインド
    • あなたのことが好き。でも……
    • 「親の心、子知らず」の正しさ
    • 「鶴の恩返し」の部屋を覗いてはならない理由
  • 第4章 サンタクロースの正体
    • 差出人のいない贈与
    • 「16時の徘徊」の合理性
    • 礼儀の本質は「冗長性」にある
    • 「君のすきなとこ」の不合理
    • 名乗らない贈与者サンタクロース
    • 時間軸が狂った形で現れる
    • 誤配と届かない手紙
    • 届いていた手紙の封を開けよう
  • 第5章 僕らは言語ゲームを生きている
    • 辞書のなかのメリーゴーランド
    • 「窓」という言葉をどうやって覚えたのか
    • 意味は心の中にあるのではない
    • 僕らはこの言語ゲームの中に閉じ込められている
    • 他者と共に言語ゲームを作っていく
  • 第6章 「常識を疑え」を疑え
    • 「常識を疑え」とは言うけれど
    • 世界像を固定する
    • メンデレーエフの孤独
    • 常識は科学的探究を生む
    • 未来と同時に過去にあるもの
    • 「血液の循環」の発見
    • 科学革命の構造
    • アノマリーとは何か
    • 言語ゲームの中に閉じ込められている効用
    • 逸脱的思考と探求的思考
    • シャーロック・ホームズの求心的思考
    • 贈与と求心的思考
  • 第7章 世界と出会い直すための「逸脱的思考」
    • SF的想像力=逸脱的思考
    • 逸脱的思考は世界像を破壊する
    • 逸脱的思考は根源的問いかけを持つ
    • 「夜が明けたら」が問うもの
    • SFとしての『テルマエ・ロマエ』
    • ルシウスの「驚き」の意味
  • 第8章 アンサング・ヒーローが支える日常
    • 二つのつりあい
    • 「世界像の破壊」を描き続けた小松左京
    • ボールを支える外力を失った世界
    • 災厄への備えを怠るということ
    • シーシュポスの不幸
    • 小松左京とカミュの希望
    • アンサング・ヒーローの倫理学
  • 第9章 贈与のメッセンジャー
    • 「I love you」=「月がきれいですね?」
    • 「賦」という所作
    • メッセンジャーとしてのルシウス
    • 贈与は市場経済の「すきま」にある
    • クルミドコーヒーの贈与論
    • 「命のバトン」とルシウスの使命
    • 贈与は「差出人」に与えられる
    • なぜ僕らは「勉強」すべきなのか
    • 教養とは誤配に気づくこと
    • 受取人の想像力から始まる贈与
  • あとがき

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