『問いかける技術』は、エドガー・H・シャインの本。多様化が進んでますます複雑になっていく問題を解決するためには、「話す」ことに注力せずに、「問いかける」ことを重視することで、良好な人間関係を築いたほうがいいよ、というとてもシンプルな話です。
似たようなタイトルは多いのですが、例えば『問いのデザイン』は、創造性を引き出すようなファシリテーションスキルとして問いの技法をまとめていました。本書では、人間関係の下地を作りのために、ことさらに「謙虚に問いかける」ことと人間関係の構築を説いています。
「謙虚」であることが大事で、それが「適切な問いかけ」になると。適切でない問いかけというのは、例えば自分の考えている通りに言わせようとするような質問であったり、ただ好奇心のために聞くだけでそれを聞いたところで自分の好奇心を満たすだけになるもの。
本書のなかで、謙虚という言葉が「へりくだる」とも言い換えられているのですが、ニュアンスとしてなんかちょっと違う気はしています。実際のところは心理的安全性の場を作るようなものであったり、自分が相手に頼っていて弱いんだよというのを暗に伝えるようなことなのだと思います。
「今ここで必要な謙虚さ」と表現されている、目の前の問題を解決するために機能しているといい謙虚さというものがあって、それは日ごろから時間をかけて形成する良好な人間関係だったりする。
ただ、話としては立派だと思いつつ、実践は難しそうだな…となんかモヤモヤしました。その難しさが何かと言うと、本にも書かれていますが、人間関係の構築には時間がかかるという事実。
はやく解決しないといけない問題があるから、問いかけている暇はないなんて思っちゃうんですよね。
これ、同じ日にNVC(非暴力コミュニケーション)の新著『「わかりあえない」を越える』という本を読んでも、同じことを思ったんです。課題解決を優先するとなかなか対話の選択肢は難しい。
なので、常日頃から弱さ(謙虚さ)を見せてないと、いざという局面でうまく行かないということがある、ということですね。習慣化というのは人格を形成する第一歩でもあり、『7つの習慣』で自己の時間管理で重要視される「緊急ではないけど重要」な点にもつながりますね。
謙虚さ、大事。
本の概要と要約
著者の課題
人は相手に問いかけるよりも、いかに自分が話すかということに注力しがちで、人間同士のドラマが始まるきっかけをないがしろにして、良好な人間関係が築けていない。
解決方法
人間関係の全ては適切な質問があってこそうまくいく。謙虚に問いかけることを身につけてオープンな組織づくりの第一歩を踏み出すべき。
内容
・謙虚に問いかける
ー問いかけることは先行投資
ー時間はかかるが人間関係が築ける
ー質問は相手に力を与える
ー一時的に「私」を弱い立場におく
・他の問いかけとの違いは?
ー自分が知らないということを認めることから始める
ー偏見を持たない
ーその人に興味があると伝わるもの
・他の問いかけ
ー診断的な問いかけ
ー思考プロセスに介入してしまう
ーただの好奇心を満たすもの
ー対立的な問いかけ
ー自分の考えをさしはさんでしまう
ー体系的な問いかけ
ー質問によっては相手をコントロールしてしまう
・謙虚とは?
①基本的な謙虚
ー年齢、上司など
②任意に示す謙虚
ー成し遂げた人へなどそれぞれでへりくだるか判断
③今ここで必要な謙虚
ーその時々で必要
ー人を頼っていることがまぎれもない事実と認識する
・謙虚に問いかけるメリット
ー初期段階で人間関係が築ける
ー本能的にも信頼できるならうまくやれると知っている
・謙虚に問いかけることは難しい
ー最大の問題:課題の遂行が優先
ー人間関係構築には時間がかかる
ー第2の問題:自分が話す文化
ー弱さを見せたくない
ー聞くよりも話すほうが優位になると思っている
ー前向きな関係を築きたくない
ー自分のほうが優位に立ちたい
ールールが存在している
ー「それは聞いてはいけない」などが状況ごとに存在
ー慎重になってしまう
・問いかける技術を育む
ーいつもの習慣を開放し、新しいことを学ぶ
ーゆっくりと学習すればいい
ーリーダーであればできるはず
・リーダーこそ謙虚に問いかけることを身につけるべき
ー複雑な問題になればなるほど人間関係が重要になる
ー実質的にメンバーに頼っている事実を認識する
著者:エドガー・H・シャインとは
マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院名誉教授。シカゴ大学卒業後、スタンフォード大学で心理学の修士号、ハーバード大学で社会心理学の博士号を取得。1956年よりMITスローン経営大学院で教鞭をとり1964年に組織心理学の教授に就任。1972年から1982年まで組織研究グループの学科長を務めた。2006年に退官し名誉教授となる。
日本では英治出版から『問いかける技術』のほかにも複数の著作が出版されています。
●参考
組織心理学の父、エドガー・シャインに学ぶ、変化に対応できる組織づくり【セミナーレポート】(ds JOURNAL 2020.08.19)
本の解説と感想
謙虚に問いかける
問いかけるとは?
質問せずに一方的に話すことは、相手を上から見下ろすような格好になるのだ。つまり、「あなたはこのことを知っているべきですが、まだご存じないでしょうから教えてあげましょう」というのを言外に含んで示唆している
『問いかける技術』p30
「問いかける」と「質問する」という言葉は、ほとんど同じような意味を持っていそうですが、「問いかける」はより相手の内面を引き出そうというニュアンスがあります。質問は「詰問」のようになってしまう場合があります。
では人間関係を良好にするための「謙虚な問いかけ」とはどのようなものでしょうか?
1.謙虚な問いかけ
自分が知らないということを積極的に認め、偏見を持たないようにし、相手を怖がらせない方法で情報を求めようとするのが、謙虚な問いかけです。
自分が、相手を受け入れているこや、興味を持っていることが、相手に伝わるような状態になっているのが大事です。というのは、例えこちら側からの一方的な話しになってしまっても、相手に対する興味から出た言葉であれば、「謙虚さ」が姿を現し、相手が自分に関心を持ってくれていると感じる要素になります。
重要な点は、謙虚に問いかけることによって、日常で権限が強い人だとしても一時的に自分を弱い立場に置き、問いかけた相手にパワーを与えるということです。
本書の事例から謙虚な問いかけの例をかみ砕くとこんな感じです。
・私の妻が「お茶を飲みに行かない?」と声をかけてくる
・私は明日に期限が迫った仕事の準備で頭がいっぱいで忙しい
・私の選択肢は「今は忙しいと答える」「お茶をのみに行く」「謙虚に問いかける」
・謙虚に問いかけることで二人で最善を考えることができる
「今は忙しい」と答えたら、私のタスクは満たせるかもしれないですが、妻は「妻である私よりも仕事のほうが大事」と捉える。もしかしたら相談事があったのかもしれないのに、そのアラートをみすみす逃してしまいます。
「お茶を飲みに行く」と、お互いの時間は過ごせるかもしれないものの、目の前に迫った私のタスクは進まず、結果的に妻にイライラを向けてしまうかもしれません。妻もお茶を過ごした時間に、こころここにあらずの私に不満を持つことになります。
「謙虚に問いかける」というと抽象的ですが、妻に意識を集中し、「悩んでいることがあるなら話してほしい」など優しく尋ねることです。この問いかけであれば、夫婦関係を大事にしていることが伝わるし、今すぐ外にお茶を飲みに行くことがもっともいい選択なのか、どういう判断をするのか夫婦で一緒に考えることができます。
2.診断的な問いかけ
診断的な問いかけは、相手への興味関心があっての問いかけとも言えますが、ほぼ自分の好奇心を満たしたいがための質問です。
極端な例を出しますが、例えば「東京タワーへの道を教えてください」と誰かに尋ねられた際に「どうして東京タワーに行きたいんですか?」と聞くことが診断的な問いかけです。本来、道順を答えればいいのに余計なことを聞いているのは、ただの好奇心。この問いかけの末に、質問者は相手に対してなんらかのレッテルを貼る準備が整います。
また、相手の思考プロセスを引き出そうという問いになります。「どう感じたか」「なぜそう思う」は詰問になってしまって、最悪の場合、相手に「自分が責められている」という恐怖感を与えてしまうかもしれません。
そうした状況によって、質問者が何を得られるのかと言うと、自分が優位な立場に立つということ。
状況の全体像を把握するためであったり、状況をもっと細かく検討することに相手も同意している場合であれば威力を発揮するものの、相手のことを真剣に考えるために必要な場合にだけ、使っていくようにしましょう。
3.対決的な問いかけ
質問という形をとりつつ、自分の考えを差し挟む。これが「対決的な問いかけ」の本質的な要素です。例えば「それって○○ということですよね?」という誘導尋問のようなものであり、言い方によっては棘がある問いかけです。
ときに、自分の考えを差し挟むような質問をすることもあるでしょう。前提条件として、お互いに信頼関係があり、相手もサポートされていると感じられるなら、謙虚に問いかけにもなり得ます。
対決的な質問をする前に、自分がなぜその質問をしたいのかを、自分自身に問うてみましょう。それが、単に好奇心で聞こうとしているのか、自分の正しさを証明しようとしているのか、一度立ち止まりましょう。
4.プロセス思考の問いかけ
会話の焦点を中身ではなく、会話そのものにシフトさせる聞き方です。会話がおかしな方向へずれてしまったときに、「どうしましたか?」というように問いかけるものです。
この種類の問いかけは、「謙虚」「診断」「対決」のいずれの問いかけにも連携します。
謙虚…「少々深い入り過ぎたでしょうか?」
診断…「なぜこのような話をしようと思ったのですか?」
対決…「何か気に障ることを言いましたか?」
というような感じです。この3分類は分かりやすいですね…
謙虚とは?
謙虚さにも種類があり、問いかける技術で重要視しているのは「今ここで必要な謙虚さ」です。それぞれの謙虚さの特徴を整理していきましょう。
1.基本的な謙虚さ
年長者や身分の高い人に接するときに抱く気持ちです。
おとな同士であれば互いの立場を尊重するし、必要性を認識して礼儀を尽くしたり、相手に対して一定の尊敬をもって接することが求められます。これはどのような文化でも一定は共通しています。お年寄りには礼をもって接するし、上司であったり、先生にはへりくだるものです。
2任意に示す謙虚さ
偉業を成し遂げた人を前にして、畏怖の念から生まれる気持ちです。
個人の努力によって社会的地位を築くことができる社会では、多くを成し遂げた人物を前にして謙虚になる傾向があります。しかし、どのような態度をとるのかは個人の自由です。その人に接するのも、近寄らないのも個人の判断です。
3今ここで必要な謙虚さ
その時々で必要な、相手に対してへりくだる気持ち(「今ここで必要な謙虚さ」)です。何かを達成するために、私たちは誰かに頼ることがあります。そのことによって私たちはその種の謙虚な気持ちを持つようになるのです。
自分だけはなんともできず、誰かを頼ろうとするなら、一時的にでも相手に対して謙虚にならざるをえないわけですが、突然にその場面が来てもうまく行かないかもしれません。
これがもし、その場面になる前から相手と良好な関係を築いていたとしたら、うまくいく可能性は高まると思いませんか?単に仲がいいというだけではなく、もっと相手に関心を持っていれば、相手の課題やニーズを満たす形で最善が尽くせることもあるでしょう。
例えばリレー競争。いきなりチームが組まれてもバトンすらうまく渡せません。日ごろからコミュニケーションをもって関係性を築いていれば、どちらの手でバトンを渡し渡されるかの相談ができているはず。もっとお互いに弱さを見せれていてれば、「今日は右手が調子が悪いので左手で受ける」など万全を期すこともできるかも。
なぜ謙虚な問いかけが大事なのか
これまでの大量生産大量消費の時代であれば、ビジネスはもちろんのこと人間関係も現代と比べるとシンプルであったのかもしれません。
テクノロジーの進化とグローバル化によって、世界は複雑化していく一方、様々な文化や価値観を持つ人々が関わってきています。こうした人間関係の構築は難しいのにも関わらず、課題解決をするにはこれらの関係者間でのコミュニケーションが円滑に行われていることが必要です。
そこでカギとなるのが「今ここで必要な謙虚さ」を軸として相手に謙虚に問いかけること。
謙虚に問いかけることを実践することで、チームは初期段階で必要な人間関係を築くことができるし、それを土台にすればメンバーが一緒に学んでいくことが可能になるのです。
謙虚に問いかけるのは、なぜ難しいのか
人は与えられた時間内になるべく多くの仕事を詰め込もうとし、「人間関係の構築は時間がかかりすぎるからやめておこう」という発想になる
『問いかける技術』p116
頭ではとても重要だとわかってはいても、謙虚に問いかけるのは難しい…。本書ではアメリカ人の話が多かったのですが、世界中どこの文化圏の人でも当てはまるところは多いのではないでしょうか?
人間関係の構築よりも課題の遂行に価値を置く文化
アメリカの文化は、個人主義に根ざしていて競争が激しく、起業家的な気質を持っている人が多いために個人の成し遂げたことをとても高く評価する文化があります。
昔、海外から日本に来たとき、飲み会文化が不思議だというのを聞いたことがります。信頼関係を築くにはこうした時間が必要だと日本人は感じているのですが、アメリカ人は懇親会などに時間を割かなければならないことを苦痛に感じるという…
どうやら、「人間関係の構築は時間がかかりすぎるからやめておこう」という発想なのだそうです。費用対効果の高い方法で業務を行わなければならないとの思いから、個人主義が目立つんでしょう。
実用主義と個人主義の末に、人間関係の構築よりも課題遂行に重きを置くという文化が育まれた結果、謙虚であることの優先順位が低くなってしまったのかもしれません。
自分が話す文化
相手に聞くよりも、こちらから話すことの方が大事だ、とアメリカ人は当たり前のように思っているそうです。
わたしたち日本人との違いを考えればわかりやすいです。日本人は自己主張をあまりしませんが、一緒に働いている外国の方の多くは、とても強く自分の成果を主張します。それぞれいいところ悪いところはありますが…
この思考のもとにあるのは、やはり自分が優位に立ちたいというものがあるのでしょう。
問いかけは先行投資
私たちの社会には、課題の遂行を優先する文化があり、私はこれを「自分が動き、自分が話す文化」と呼ぶことにしている
『問いかける技術』p24
謙虚に問いかけることが先行投資になる、というのが、本書での一番の学びかもしれません。
謙虚に問いかけるということは、注意深く気を配るということです。誰かに頼りながら何かを達成することが必要なのであれば、その場をスムーズにまとめることができる人間関係の構築こそ先行投資です。
質問したからこそ教えてもらえます。またその回答に対して、あるいは時間を置いてまた問いかけるという連鎖的な流れを反復によって相手との関係が発展し始めるのです。だからこそ、目の前の課題を優先することは短期目線での投資でしかなく、自分は長期投資しているのだと考えると問いかけることを積極的に展開していきたいと思えてきます。
まとめ
『問いかける技術』は、謙虚に問いかけるということによって、良好な人間関係を作っていけるという話でした。ただ本にも書いてありましたが、質問することだけが謙虚さを示すことではなく、相手に頼っているんだという意思表明をしているかしていないかということが、良好な人間関係を築くための本質なんだと思いました。
部下と一緒にランチをする。くだらないことだって共有する。心を開いてもらうために心理的安全性のある場をつくること。
日々のそうした振る舞いこそが、リーダーに求められている行動なんじゃないかなと思います。
本の目次
- 第1章転居に問いかける
- 質問することで、どのように人間関係が築かれるのか
- 謙虚さには3種類ある
- 問いかけるとはどういうことか
- 第2章実例に学ぶ「謙虚に問いかける」の実践
- 1 妻のメアリーをお茶に誘う
- 2 勤務先の大学で通話料金を削減する
- 3 厳しい質問をする CEO
- 4 タスク・フォースを創設する
- 5 道案内をする
- 6 文化の変革を起こす
- 7 仕事の中身をはっきりさせようとして浮上した問題
- 8 相手の立場になって考えるがん専門医
- まとめ
- 第3章他の問いかけと「謙虚に問いかける」はどう違うのか
- 4種類の問いかけ方
- .謙虚な問いかけ
- .診断的な問いかけ
- .対決的な問いかけ
- .プロセス指向の問いかけ
- まとめ
- 4種類の問いかけ方
- 第4章自分が動き、自分が話す文化
- 最大の問題ー人間関係の構築よりも、課題の遂行に価値を置く文化
- 第2の問題ー自分が話す文化
- なぜ今これが重要なのか これからの仕事では求められるものが変わる
- リーダーにとっての特別な挑戦課題
- まとめ
- 第5章 地位、肩書、役割 人々に行動ためらわせる「境界」の存在
- 地位や肩書
- 組織、職種、国特有の文化
- 信頼と社会的経済学
- まとめ
- 第6章「謙虚に問いかける」を邪魔する力
- 「ジョハリの窓」 社会心理学の観点から語る四つの側面
- 知覚と判断における心理的なバイアス(ORJI)
- まとめ
- 第7章謙虚に問いかける態度を育てる
- 学んだことを捨て、学びなおすーニ種類の不安
- 結び