D2Cというと、どうしてもドコモ・電通・NTTの3社の共同出資のモバイルマーケティング企業を想起してしまうんですが、ここでいうD2Cはそうではないです。Direct to Customerという言葉です。世界共通語かと言うとそうでもないらしく、DNVB(Digital Native Vertical Brand)とも呼ばれたりしているそうです。
本書のなかで「新しいビジネスモデル」という書き方をされていますが、全く新しいのかというとそこまでではない気がしますが、D2Cはブランドの在り方と売るためのマーケティング手法ともいえるのではないでしょうか。大量生産大量消費を匂わせなくなっている昨今の消費環境のなかでは、ますます大切になってくる気はしています。
世界観でモノを売るというのは、昔からあったとは思います。高級ブランドであったり、化粧品などはそうですよね。質の面ではすでに高くなっている中国メーカーではなく日本メーカーしか買わないという感覚は、「国産」という大きな枠で世界観のなかにいるからでしょう。もう少しミクロにみれば、無印良品はシンプルなライフスタイルそのものを価値提供していて、そこに共感する人たちはコアなファンとして新たなファンを作る起点になっていたと思います。
D2Cは世界観に加えてデジタルを重視します。あえてデータと書かなかったんですが、それは顧客の行動データだけではなくてアプローチの手段もSNSやデジタルアド、自社ECなどを用いるからです。デジタルはオンラインだけではなく『アフターデジタル』でも書かれていましたが、デジタルのなかにリアルも融合されていくのでリアルの直販店も増えていくことは間違いありません。こうした仕組みの整合性が取れることによって「ブランド」を体験価値として受け入れ、メーカーと顧客がブランドを共創していくというモデルが増えていくのかもしれません。
あ、これが新しいビジネスモデルということか。なるほどね。
本の概要と要約
何を
テック×小売りという、新しい形の業界「D2C(Direct to Customer)」
誰に?
これからブランドやメーカーを作る、あるいは改革しようとしている人
なぜ?
リテールビジネスはD2C前後でルールブックが書き換わっているから
内容
・D2Cは、昨日ではなく世界観で売る
・特徴は…
-デジタル→データ分析
-直販→ダイレクトに中間なく
-安価→適切に低価格
-ライフスタイル→意義や共感
-コミュニティ空間→顧客をコントロールせずエヴァンジェリストになってもらう
-ミレニアル→インターネットドリブンな世代
-指数関数的
・顧客とのデジタルの接点が増加→全業界全企業でD2C化
・方法論
-スタートアップの場合、カリスマではなくチームで
-大企業の場合、デジタルトランスフォーメーション→D2C中核組織→ブランド展開
D2Cとは
D2CとはDirect to Customerの略で、狭義には従来のモノを中心としたブランドやメーカーを対象比較とし、提供者側と消費者との関係性を単なる売買ではなくコミュニティまたはリレーションを構築するために、プロダクトを機能面だけではなくストーリーテリングによって世界観を生み出すことによって共感を呼び、デジタルテクノロジーと直接販売を用いて顧客と関係性に中継ぎを挟まずにサービスを提供していく新たな業態を指します。
主に、デジタルネイティブをターゲットの中心としてマーケティングを行うため、プロダクトアウトでメーカーが一方的に価値を押し付けるものではなく、社会的な意義があるかないか、そのブランドのコンセプトに共感できるのかがカギとなっています。
基本的に消費者との接点は「直接」であり、従来のメーカーではどの顧客に何を提供したのかが不明であった点を自社で必要な情報を取得できるようになることから短期的な商品改善や顧客への情報提供が可能になります。
著者
著者の佐々木康裕氏は、”Discover and Deploy Value. In our clients and society, in ourselves.”、様々な壁を越境してビジネスをデザインしていくことを掲げるTakramディレクター&ビジネスデザイナーの方だそうです。メディアにも結構出られていますね。直近ではビジネススクールでも教鞭をとられているようです。
WEB上にはインタビューも複数あります。D2Cに関してのものもありますのでご参考ください。
本の解説と感想
D2Cの要素
冒頭、『プラダを着た悪魔』と『ソーシャルネットワーク』という2つの全く異なる方向性の映画を例に挙げ、D2Cとは何かを以下のように述べています。
高級感のある世界観やブランディングを重視しながら、同時にデータ分析やAIなどを上手に活用するデータドリブンという特徴を持つ。
D2C 「世界観」と「テクノロジー」で勝つブランド戦略 p2
従来型の高級ブランドのような美意識の世界に、テクノロジーを組み合わせたモデルだというのです。では具体的にD2Cとはどんなものでしょうか。
本書ではD2Cブランドとの違いを以下の7つの視点から比較しているのですが、なんとなくこういうブランドあるよなというのを言語化されていてとても参考になります。7つと言うのは、出発点・チャネル・価格帯・成長速度・提供価値・ターゲット・顧客の位置づけ、という観点です。
起点になる出発点がある意味で全てなのかもしれませんが、ここをデジタルネイティブと定義しています。つまり、あくまでもD2C企業はテクノロジー企業ということです。だからといって従来のメーカーがD2Cに移行できないかと言うとそうではないので後述します。
テック企業ということは、顧客データを分析するデータサイエンティストがいたり、デジタルマーケティングに精通してSNSも駆使してアプローチします。ということはターゲットはデジタルと相性のいい世代(ミレニアル世代以下)ですし、店舗単位での成長ではなく指数関数的な成長が可能だということになります。また世代の価値観として、メーカーの一方的な押し売りは不可能で、ブランドの存在意義に価値を見いだして自らのライフスタイルに合うブランドに対しコミットし、そのブランドや同じ価値観を持つ人たちと共有共創していくコミュニティのなかでファンとなって活動します。販売方法は代理店を挟まずに、自分たちで直接接点を持つ直接販売も重要になってきます。データもとれますし。直接販売ができると固定費がかかるということもありますが、それはプロモーション費用としても捉えることができますし、中間マージンはなくなるので結果的に安価で提供し利幅を確保することもできるようになります。
D2Cは世界観で売る
D2C企業あるいはブランドには世界観があります。つまりそれは「機能」だけで売ってはいないということです。
プロダクトではないですが、蔦屋書店が例になるのではないかなと思っています。ツタヤあるいはTSUTAYAというとレンタルショップというイメージが未だにありますね。TSUTAYAでは昔から書店とセットであることも多く書籍を販売していました。しかし、当時はただTSUTAYAに本屋がくっついてるだけでした。今では、蔦屋書店というブランドを作り、空間のデザインからスタイリッシュでかつ落ち着きがあり、くつろげるような書店になっています。わざわざそこに足を運んで本を買うという人も多いのではないでしょうか。
同じ本を買うのであれば、ご近所の本屋に行けばいいのです。蔦屋書店に足を運ぶ人は本を購入できる小売店という機能以上の世界観を買っていると言えませんか?
蔦屋書店にはスターバックスが併設されていたりして、そこで試し読みすることだってできます。手にした本とスターバックスの新作ジューシー ピーチ フラペチーノとを写真に収め、Instagramに投稿する。
そこに行けば、新しい何かを提供してくれる、引き出してくれる、出会いがある、そんな空想をさせます。かつその空間には同じような価値観を持った人が集まっている安心感があります。さらにデジタルも忘れてはなりません。Tカードという最強の行動データ取得ツールを保持しているので、まさにD2Cブランドと言えるのではないでしょうか。
ブランドのエバンジェリストを育てる
これから企業に求められる重要な目標点として、自社ブランドを他社に強く勧めしかもコンバージョンにまで至らせるエバンジェリストという存在の獲得があると思います。
D2Cの要素として「コミュニティ」というものがありました。今日でかつ開かれたコミュニティを作ることによって遥かに低価格で本当の顧客だけにモノを買ってもらえ、持続的に自社ブランドを使ってくれるので、カスタマーサクセスの一手と言えるでしょう。
ヤッホーブルーイングはいい事例なのかもしれません。よなよなエールが有名なビールメーカーです。ここは顧客とダイレクトにつながることに積極的な企業です。日本でうまくD2Cというモデルあてはまる機能させている好事例の企業だと思います。
製造しているビール自体は小売店にも卸していますが、ここは自社ブランドのビールを提供する「YONA YONA BEER WORKS」というビアバーを運営しています。クラフトビールなので大手ビールメーカーとはまた違う味を知ってもらうことで、規顧客を開拓することができます。また1年に一度「超宴」というビールファンとつくる大人の文化祭をコンセプトとしたリアルイベントを開催しています。まさに体験型、そしてコミュニティ。集まったエバンジェリストたちがまたそれを写真や動画で拡散し、新たな顧客を獲得できる。
サイトからも共有したい価値観が伝わってきます。
ちなみに私も勝手にエバンジェリストというかアンバサダー(?)として活動している飲食チェーンがあるのですが、自分で言うのもなんですが結構貢献していると思っています。ハングリータイガーという神奈川県だけで展開するハンバーグ・ステーキレストランなのですが、もはや横浜のソウルフードと言っても過言ではありません。静岡でいうところの「さわやか」という位置づけでしょうか。
2019年に50周年を迎えていたのですが、その際に全店(当時9店舗)で飲食するとスタンプを押してくれ、集めきると「はらぺこハングリーシェフ」という大きめのぬいぐるみがもらえるのですが、別にそれ自体は欲しくないけど半年かけて回りましたからね(笑) 一つの市に1店舗しかないんですよ! こういう心をくすぐる施策もファンにはたまりません。
D2Cブランドの立ち上げ方とは?
D2Cはベンチャーブランドだけが立ち上げるというものではありません。ただ従来型のメーカーの場合、組織自体が大きいので、それなりに組織を変更することが必要になってきます。今まさにデジタルトランスフォーメーションという言葉が盛んに取り上げられていますが、まずその体制が求められます。(もちろん、そればかりではなく大企業にできることとしてはM&Aというオプションもあります)
ベンチャーの場合も大手企業の場合も、D2Cの実現のためには方向性の異なる様々なスキルが必要になってくるので、一人のカリスマだけでは成り立たないという共通項がありそうです。創業後のハードルは様々なツールの発展によって容易にはなっているものの、サプライチェーンマネジメントと、ストーリーテリングやSNS展開はまるで別物。大企業もデジタルマーケティングのみならず企業全体を組み替えるためには全社的な取り組みとして構える必要があります。
いずれは全業界全企業がD2Cに
本書は主にブランドやメーカー、小売店に焦点を当てて書かれていますが、最後は「全業界、全企業はD2C化していく」という節で締めくくられています。
すでに多くの企業でD2Cのパラダイムシフトが起き以下のような状況になってきていると述べられています。
ーデジタルが顧客接点の大部分を占める
D2C 「世界観」と「テクノロジー」で勝つブランド戦略 p197
ープロダクトではなく世界観の占める割合が大きくなっていく
ー顧客とダイレクトな関係を築き真の意味でB2C化していく
気が付けば、私たちがSDGsといった社会的価値を提供しようと躍起になったり、そういう取り組みをしている企業に好印象を持つのは、世界観というものが消費者にとって大切な価値観になっていることを表しているのかもしれません。
本の目次
- 1章 D2Cが生んだパラダイムシフト
- 1-1 ある鈍重な業界に起きた革命
- 1-2 D2Cの定義
- 1-3 「モノからコト」から「コト付きのモノ」へ
- 2章 「機能」ではなく「世界観」を売る
- 2-1 自ら雑誌を発行するスーツケースブランド
- 2-2 プロダクトをあえて売らない
- 2-3 新しい世界観の作り方
- 2-4 意義を求める世代
- 2-5 D2Cブランドの世界観の築き方実例
- 2-6 ブランドのメディア化、プロダクトのコンテンツ化
- 2-7 非効率な「ムダ」がブランドを生む
- 2-8 顧客を「コントロール」せず、「エンカレッジ」する
- 3章 「他人」ではなく「友人」に売る
- 3-1 「オフィスに遊びに来ませんか?」
- 3-2 顧客とブランドの間の「壁」が壊れた
- 3-3 「単発取引」から「継続的な成功」へ
- 3-4 「顧客の獲得」から「顧客の成功」へ
- 3-5 「冷たいデジタル」から「優しいデジタル」へ
- 3-6 「売る」から「一緒に作る」へ
- 4章 D2Cの戦略論
- 4-1 D2Cの「ビジネスモデル」はメーカーのそれとまったく異なる
- 4-2 「トランザクション」から「リレーション」へ
- 4-3 「個人的ジャーニー」から「社会的ジャーニー」へ
- 4-4 4Pから4Eへ
- 4-5 なぜリアル店舗が必要か
- 4-6 D2Cの3類型
- 5章 D2Cを立ち上げる(スタートアップ・大手ブランド・大手小売)
- 5-1 ベンチャーキャピタル(VC)が投資するD2Cの条件
- 5-2 D2Cスタートアップの作り方
- 5-3 大手ブランドのD2C化
- 5-4 大手小売のD2C化
- 6章 D2Cの先にあるもの
- 6-1 成長の踊り場を迎えるD2Cブランド
- 6-2 日本でD2Cを展開する際の留意点
- 6-3 D2Cの今後の潮流予測
- 6-4 全業界、全企業は「D2C化」していく