『コミュニティ・オーガナイジング』は、普通の人が仲間を集め、輪を広げ、コミュニティの力で社会変革を促していく方法論。「社会運動」というと、ちょっと怖いというか、メディアを通したやや過激なイメージを連想してしまいがち。
社会運動とは、「世のなかおかしいんじゃないか?」ということに対して声を上げて変化を図ろうとするものなので、すごく真っ当な活動。
どうやらネガティブなイメージを持ってしまうのは、日本独特らしいです。例えば安保闘争で徐々に過激になる姿であったり、高度経済成長期における長時間労働と終身雇用での右へ倣えの精神、といったことが影響していそう。
日本は過去に遡れば、武家政権になったり、一揆を起こしたり、大政奉還など、大きな社会変革をしてきているわけなので、どうも最近になってから社会運動にネガティブになっているようです。下のまとめでもう少し詳しく書きますが、日本の終身雇用や長時間労働といった環境も要因のようです。
さて、本書は普通の人が社会変革を起こしていく方法論を示しているもの。それが「コミュニティ・オーガナイジング」。
レオ=レオニの絵本、『スイミー』を思い浮かべるとわかりやすいです。小さな魚たちは、大きな魚がやってくると丸飲みにされてしまいます。小さな魚たちは岩陰に潜むようになってしまいますが、スイミーは大きな海の中を泳ぎたくてみんなを誘います。でもやはり怖くて出てこれない。スイミーは、みんなが集まって、さらに大きな魚のように見せることで立ち向かおうと声を挙げていく…という話。
『スイミー』には、「コミュニティ・オーガナイジング」の要素がたくさんあります。自分たちのほしい物が明確で、同志の輪を広げ、戦術が自分たちの持っている資源ででき、練習という小さなステップを踏んでいく。「仕方がない」を「仕方がある」にしたのです。
輪を広げていくには、起点となる「私」の想いから「私たち」の共感の輪をり、その一人ひとりのリーダーシップを育むことが大事で、運動を一過性で終わらせないためには戦略的に効果的なアクションをしていくこと、というのがざっくりしたまとめ。
社会運動というと大きな事ですが、実際に著者が社会運動で変化に関わった事例も紹介されていて、ロビーイングなどの効果や重要性といったことも学びになりました。
本の概要と要約
著者の課題
世の中の出来事に、何かがおかしいと思っても、何もできない、「仕方がない」と諦めてしまう。
解決方法
「仕方がある」ことを知る。仲間を集め、その輪を広げ、多くの人々が共に行動することで社会変化を起こす。
内容
・コミュニティオーガナイジングとは?
ー仲間を集め、輪を広げ、多くの人々がともに行動
ー普通の人たちが持つ資源で力を発揮させる
ーコミュニティの力で社会変化させていく方法論
・「仕方がない」を「仕方がある」へ
ー仕方がないと諦めてしまうのは、方法を知らないから
ー日本人は社会運動という言葉に怖いイメージを持っている
・スイミーのイメージ
ー大きな魚に食べられてしまうのは仕方がないと諦めている
ースイミーが仲間を集め、対抗策
ー小さな魚が集まり、大きな魚のように見せて対抗した
・社会運動の戦略が弱い
ー非現実的なゴールでは人は動かない
ーデモや署名は1つの戦術にすぎない
ーリーダーシップを育まないと長続きしない
ー必要なのは戦略と効果的なアクション
・コミュニティオーガナイジングの5つのステップ
①パブリックナラティブ
ーストーリを語る
ー想いを伝える(私のストーリー)
ー共有、共感を得る(私たちのストーリー)
ーいま、行動する理由を示す
②関係構築
ー人との強い関係づくり
ー学びを振り返る
ー価値観を共有し、お互いの資源を交換する
ーお互いにコミットメント(約束)をする
③チーム構築
ー持っている資源で力を発揮する
ー強いチームには3つのトリプルスリーがある
ー条件:境界、安定、多様性
ー決定:共通の目的、ノーム(約束)、役割
ー結果:意図したゴール達成、チームの能力向上、リーダーシップの成長
④戦略作り
ーみんなが持っているものを効果的に活かす
ー同志を絞る
ーほしい変化を絞る(戦略的ゴール)
ー持っている資源とパワーを使う
ー戦術(手段)はみんながやりたくなるもの
ーキャンペーンのタイムラインを作る
⑤アクション
ー行動し、測定する
ー小さなチャレンジから
ー全員が発言できる場を作る
ー人は誘いにくいので…
ーつながる(知り合う、ストーリー共有)
ー緊急性(なぜやる、背景)
ーコミットメント(検討ではなく約束)
ーいきおい(仕事や責任を振る)
ーコーチング
ー5つのステップを支える
ーコミュニティ・オーガナイザーが支える
・小さな変化の積み重ねで社会変化を起こしていく
著者:鎌田華乃子とは
特定非営利活動法人コミュニティ・オーガナイジング・ジャパン理事/共同創設者。
神奈川県横浜市生まれ。子どもの頃から社会・環境問題に関心があったが、11年間の会社員生活の中で人々の生活を良くするためには市民社会が重要であることを痛感しハーバード大学ケネディスクールに留学しMaster in Public Administration(行政学修士)のプログラムを修了。卒業後ニューヨークにあるコミュニティ・オーガナイジング(CO)を実践する地域組織にて市民参加のさまざまな形を現場で学んだ後、2013年9月に帰国。特定非営利活動法人コミュニティ・オーガナイジング・ジャパン(COJ)を2014年1月に仲間達と立ち上げ、ワークショップやコーチングを通じて、COの実践を広める活動を全国で行っている。ジェンダー・性暴力防止の運動にも携わる。現在ピッツバーグ大学社会学部博士課程にて社会運動に人々がなぜ参加しないのか、何が参加を促すか研究を行っている。
●公式
公式サイト:Kanoko Kamata 鎌田華乃子
Twitter:Kanoko Kamata@KanokoKamata
●インタビュー記事
鎌田華乃子:社会の矛盾をちゃぶ台返し(日経ビジネス 2017.11.17)
「人新世」に豊かな社会をつくるには?──脱成長とコミュニティ・オーガナイジングの可能性 斎藤幸平さん×鎌田華乃子さん対談(note 英治出版オンライン 2021.7.1)
本の解説と感想
コミュニティ・オーガナイジングとは?
コミュニティ・オーガナイジングとは?
世の中の出来事で、「何かがおかしい…」と思っても、仕方がないと諦めてしまっていることはないでしょうか?
本書『コミュニティ・オーガナイジング』では、「仕方がない」と思ってあきらめるのではなく、「仕方がある」ことを知って、世の中を変化させていく方法論を示してくれる内容になっています。
コミュニティ・オーガナイジングとは、仲間を集め、その輪を広げ、多くの人々がともに行動することで社会変化を起こすこと。それもごく普通の人たちがチームを作って、自分たちが持っているもの(資産)を活かして、パワーを生み出し、コミュニティの力で社会を変えていくというものです。
日本人は社会運動にネガティブなのか?
「社会運動」というと、なんとなくネガティブなイメージを持つ人もいるかと思います。社会の当たり前に逆らって意見を言うことは、なんとなく憚られる…。こういう性質は日本人特有なのだそうです。
「『私』の参加によって社会は変えられると思うか?」
中高生に聞いた上記のアンケートによると、日本人では32.5%、アメリカ人では63.1%が「Yes」と回答したそうです。実際に日本は他国に比べても社会変革に関われるという認識を持っている人は少ないようです。
日本人が声を挙げにくいのは、安保闘争の過激な面が報道されたりして、社会運動するひとたち=怖い人、というイメージが作り込まれてしまったことが1つの要因なのだそうです。
また、高度経済成長期の大量生産大量消費時代、日本人は長時間労働と終身雇用によって会社に依存し、声を上げること=リスクで波風を立てたくないという考え方が染みついてしまった…そんな風に著者は分析されています。
5つのステップ
「出る杭は打たれる」ということを恐れずに自ら行動しよう!…というのは言うは易し。実際に行動に移せる人はそう多くありません。
日本人の場合は特に、社会人になるまでの間にも「社会的アクションの方法論」を学ぶ機会がありません。そこで有効なのが、コミュニティ・オーガナイジング。その5つのステップを整理します。
パブリック・ナラティブ
第1のステップ、共に行動を起こすためのストーリーを語るパブリック・ナラティブ。(ナラティブ・アプローチについては『他者と動く』に詳しいです)
「なんでやらなきゃいけないんだっけ…?」というのを「みんなでやろう!」に促していく行程です。
「不確実な状況で他者の力を引き出す」ことがコミュニティ・オーガナイジングで求められるリーダーシップ。そのために必要なのが、「私」のストーリーを伝えて聞き手と心で繋がり、聞き手と共有する価値観で私たちのストーリーとして語って一体感を生み出し、さらに今行動する必要性を語ることです。
1.想いを伝える(私のストーリー)
まずスタートとなる私自身のナラティブ(物語)を伝えていきます。例えば「私」が重い病気をもっているして、その症状や苦悩といった困難、それに対して辛い治療を続けたという選択、その結果。これらが合わさって、価値観となり伝えていきます。
2.共有する(私たちのストーリー)
わたしのナラティブだけではなく、「私たちのナラティブ」になるよう共有した価値観で語っていきます。例えば合唱コンクールや文化祭。一緒の価値観で何事かを成し遂げたストーリーが語れれば、一緒に動こうという勇気が生まれます。
3.いま行動する理由を示す(行動のストーリー)
価値観でつながっただけでは、何もことは動きません。なので、最後に私たちが行動するストーリーを語る必要があります。それは緊急な困難か、どんな希望があり、それを達成するための道筋はあるのか…これらを語って具体的なアクションに取りかかっていけます。
関係構築
第2のステップは、活動の基礎となる人との強い関係を作る関係構築。ここでは、「振り返り」「交換」「1on1」がキーワード。よい関係づくりをしていき為の動き方です。
1.振り返り
コミュニティ・オーガナイジングは小さなことの積み重ね。ひとつひとつのアクションを振り返っていきます。うまくいったこと、改善したいこと、どんな学びがあったかを具体的に挙げていきくことで、進歩を感じるようにします。
2.交換
強いつながりをつくる組織やチームは、それぞれがもつ資源を「交換」して、共有する目標の達成に向けて活用していきます。そうすることで関係性も強固になります。例えば、何かプロジェクトを推進するにあたりメンバーそれぞれ得意な領域があり、それらを出し合って協力し、前に進んでいくことで関係性は強化されます。
3.1on1
1on1はコミュニティ・オーガナイジングでも重要なものです。相手の関心を知ることで、関係づくりの土台にもなります。相手の話を聞くことが中心ですが、自分のストーリーも3割くらい話します。
チーム構築
第3のステップは、みんなの力が発揮できるようにするチーム構築。関係構築が大前提となりますが、一緒に活動するメンバーの持っている価値観・関心・資源を整理していくことから、強いチーム作りを推進してきます。
その「強いチーム」にはトリプルスリーがあるのだと著者は言っています。トリプルスリーとはなんでしょうか。
1.3つの条件
・境界がある
・安定している
・多様性がある
境界線とは、例えばサッカーチームのなかに新入生のメンバーが入ったときに、いきなり既存メンバーの練習に放り込むのではなく、慣れてから入れる…というような境をつくることです。境目があると、もともとの目的をもって取り組んでいる練習やフォーメーションなどの安定性を保つことになります。不規則な活動ではなく定期的なMTGなどの活動があるとなお良い。そしてメンバーに多様性があると、知見やネットワークが異なるので強いチームに進化していく可能性が広がります。
2.3つの決定
・人を引きつける共有目的
・明確なノーム
・相互依存に基づく役割
共有目的は、会社も一緒。経営理念とミッションがあって初めて何に向かって進むのかという推進力になります。ノームとは約束事。どうやって物事を決めるかなどです。そして難しいのが、役割分担。できること、やりたいこと、やるべきこと、このバランスを見つつ、自己成長ができるような役割を担えるとなおよいです。
3.3つの結果
・意図したゴール達成
・チームの能力
・個人のリーダーシップの成長
強いチームはこの3つの成果を生み出せます。計画したようにゴールが達成でき、時間が経つにつれてチームワークが向上、活動に参加している個人が活動の結果として学びを得て成長することができるのが、強いチームです。
戦略作り
第4のステップは、人々の持つものを創造的に生かして変化を起こす戦略作り。社会運動がうまくいかないのは、戦略によるところが大きそうだというのが著者の鎌田さんのご意見としてもありました。行動は実行できているんだけど、当事者以外を巻き込んで社会現象にしていくことができないと、当たり前を変えることは難しいのです。
効果的な戦略を立てるための5つの質問をベースに整理していきます。なんだかビジネス書のような枠組みです…
① 一緒に立ち上がる人(同志)は誰か?
『ビジョナリー・カンパニー』の誰を同じバスに乗せるか…という問題と似ていますが、志が異なる者をチームに入れても、方向がズレていきますし、同じ志を持っている者でこそ変化を起こす原動力となります。
② ほしい変化(戦略的ゴール)は何か?
問題を具体化するということです。漠然としたものでは当然なく、遠すぎるゴールでもなく、起きている課題のなかで自分たちで変えられる原因を特定して解決して以降というもの。解決したあとどんな世界になっているのかも提示できると、希望をもって取り組めるのでなおよい。
③ どうしたら持っているものを必要な力に変えられるか?
想いを共有し資源を出し合うことで問題解決することもある(パワーウィズ)のですが、想いを同じくしないけど他者の資源が必要な場合もある(パワーオーバー)のが現実です。そこで、問題における登場人物(同志、リーダー、反対者、競合、支援者)の関心と資源を整理して、戦略的ゴール向けたパワーに変えていくかを考えていきます。
④ 戦術は何か?
戦術は戦略を具体的に実行する手段です。アクションプランを立てるのはなかなか難しく、ありもしない資源は使えないので、同志が持っているものが使えることが前提になります。そして、みんながやりたくなるものであることも大切です。社会運動は一過性ではなく時間がかかるので、参加者のモチベーションを維持できるように考えなければなりません。
⑤ 行動計画は何か?
設定した戦略的ゴールに向けて徐々に力と勢いをつけていくよう行動計画を立てます。一連の計画をキャンペーンと呼び、時間軸に落とし込んだものをタイムラインと言います。ずっと走りっぱなしは無理なので、いくつかの盛り上がりを設定し、休息やお祝いもしながら推進していきます。
アクション
第5のステップは、たくさんの人と行動し、効果を測定するアクション。関係性が作れても、戦略ができても、実行ができなければ意味がなく、またコミュニティ・オーガナイジングはリーダーシップを波及させていくことで輪の広がりを作っていくので、行動を促す環境とリーダーシップの育成が必要になります。(この本には心理的安全性についてさらっと書いてありますので、『恐れのない組織』や『心理的安全性のつくりかた』を参照してください)
・リーダーシップを育む
チャレンジをしなければ経験も積めず、結果的に何の成果もだせません。失敗することは当たり前と考え、小さなことから安心してチャレンジできる場を用意することで、成長を促します。慣れてきたらもう少し大きいことにチャレンジしていきます。
・全員が思っていることを言える会議作り
会議で一番したいことは、さまざまな視点、意見を出し合って、創造的な場にすること。目上の人や声の大きい人が主導権を握りがちになりますので、普段からの場づくりやファシリテーションが大切になってきます。チェックインという、一人ずつ今の気持ちを言う導入の場を設けたり、余り多すぎても発言ができなかったりするので、少人数で話すような場を作ったりするなど。
まとめ
本を読んでも、なかなか自分では社会運動という大きな活動をしよう、できそうなどとは思うには至りませんでしたが、それはなぜかと考えてみると、自分の無関心があるのかもしれないなと思いました。「あれ、おかしいな」とまでは思えていないので、何かを変えようという行動にまで至っていない。
抑圧された何かを抱え、それに緊急性があると認識している人であれば、自分のストーリーから伝えていくことができる。もしかしたら「起業」にも似ていて、僕自身は起業しようと思わないのは「ペイン」を感じることが少ないからなのかも。
というように考えると、この『コミュニティ・オーガナイジング』という本は、自分起点で大きな動きに変えていくための要素がとても詰まった本だということに気が付きます。手元に置いておく本が1つ増えました。
本の目次
- 序章 「仕方がない」から「仕方がある」へ
- 社会なんて変えられない
- ハーバードで学んだ「社会の変え方」
- 必要なのは戦略的で効果的なアクション
- 第1章 コミュニティ・オーガナイジングとは何かある日、昼休みがなくなった
- 困難を抱える人々が変化の源
- 弱さが強さになるリーダーシップ
- 第2章 パブリック・ナラティブ ストーリーを語り勇気を育む
- 人はどこから勇気を得る?
- 私のストーリー―想いを伝える
- 私たちのストーリー―共有する価値観を示す
- 行動のストーリー―今行動する理由を示す
- 第3章 関係構築 価値観でつながる
- 一も二もまずは振り返り
- 強いチームづくりに欠かせない関係構築
- 一対一で話すのはコミュニティ・オーガナイザーの基本
- 第4章 チーム構築 三つの成果、三つの条件、三つの決め事
- チーム構築の基本は関係構築
- 強いチームのトリプルスリーとは?
- 「私たちの」と思える共有目的ってどう作る?
- チームを自治していくための「みんなの約束」
- 相互依存する役割を決めよう
- みんなの想いを表すチームの名前とチャント
- 第5章 戦略作り みんなの資源をパワーに変える
- 戦略って何?
- 1.一緒に立ち上がる人は誰か
- 2.ほしい変化は何か
- 3.どうしたら持っているものを必要な力に変えられるか
- 4.戦術は何か
- 5.行動計画は何か
- 第6章 アクション リーダーシップを育てる
- リーダーシップを育むしかけ
- たくさんの人とアクションするための誘い方がある
- 根っこにあるのはコーチング
- フリーダム・スクール・キャンペーンのその後
- 第7章 人々の力を引き出す
- 六分間キャンペーン―難民の力を引き出す
- 母親たちに権利を―パワーバランスを覆した一斉行動
- 第8章 身近なことから変化を起こす
- おやじの会―子どもと地域のセーフティネットを作る
- 成人式を夏から冬に―「文句を言う」から「行動して変える」へ
- 岩手県初の産後ケア施設―母親たちが力を合わせる
- 第9章 政治を動かし、法を変える
- 110年ぶりの大改正―刑法性犯罪改正ビリーブ・キャンペーン
- 銀市民両方に働きかける
- 法改正への道筋
- おわりに