『哲学と宗教全史』の書評とサクッと要約|神を作った人間が科学に左右される時代に見る景色とは?

哲学と宗教全史の要約 ビジネス

『哲学と宗教全史』を読もうと思ったきっかけは2つあります。『サピエンス全史』や『父が娘に語る経済の話』を読んでから、宗教の成り立ちに興味をもったこと。それから、哲学についてはそれぞれの哲学者を覚えるのは無理だと思っていたので、流れだけでもつかめれば…という藁にもすがる思いから。

実際に読んだのは、2019年。この年に2回、アクティブ・ブック・ダイアローグ®で「参加者」「主催者」の両方の立場で読みました。2回も読んでかつ今回改めて読み返したにも関わらず、20世紀あたりになるともう全然理解ができません(^^;

歴史ものあるあるなのか、現代に近づくほど事実がたくさんあるので具体的なんでしょうね。昔になるほど抽象的だから覚えやすい…と勝手に思っています。この本を書き上げた、出口治明さんって本当にすごい。リベラルアーツの知識が広く含蓄もあり、ライフネット生命を創業し、いまや大学の学長。尊敬しかないですね。講演を聞いたことがありますが、もう高齢とはいえ言葉もはっきりとしかも面白い。

さて、本書の話に戻ります。

浅い知識しかない私にはまず、なぜ「哲学」と「宗教」が一緒に語られるのかが分かりませんでした。なんとなく自分なりの解釈で言うと、哲学は「問い続ける」もので、「宗教」とは答えの1つなのではないかなと思いました。サピエンス全史でも語られていますが、人類は虚構によって見知らぬ人とも協力できるようになりました。虚構による「物語」は、自然のルールを説明したり、今集団が置かれている状況を理由付けることができます。

ただこれが、宗教によって自然のルールを作ったのが「神」だということに疑問を持ったところから、哲学がスタートしているという本書のなかで語られていることは、なかなか面白い。人の可能性を感じます。

出口さんは最後のまとめで、今人類は科学に支配されていると書いています。ここは『ホモ・デウス』のアルゴリズムに支配されるという内容とリンクしますが、ここからどういう方向に進むのかというこれこそ哲学的な問いな気がします。

私たちは過去の歴史からは、哲学と宗教が交わってより高次の思想や自然科学による解決をみてきました。この先も問い続け、異質なものに触れて刺激を受けることで、人類はさらなる進化をしていくのではないでしょうか。

そして、この記事を読んで頂いている方に残念なお知らせがあります。ボリュームがすごく、かつ各章の内容が濃いために、全体を通してのサマライズの抽象度がめちゃくちゃ高くなっています。なので、今回は10の項目に分解してサマリました。超大作…

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本の概要と要約

サマライズ(紙での要約)

哲学と宗教全史の要約
哲学と宗教全史_出口さんのメッセージ

テキストでの要約

人類はこれまで2つの問いを考え続けてきた。

  1. 世界はどうしてできたか
  2. 人類はどこから来てどこに向かうのか

哲学とは、知(sophy)を愛(philo)する学問。希(こいねがう)哲(あきらかにする)学問。物事を根本原理からから統一に把握・理解しようとする学問である。

宗教とは、神または何らかの超越的絶対者、あるいは卑俗なものから分離禁忌された信仰・行事。神と人を結びつけるもの。

なぜ今、哲学と宗教なのか。人間は「考える」能力が最大の武器である昔から問い続け、繰り返されてきた。ビジネスの世界でも新鮮な発想は異質な世界に触れることが大事。

『哲学と宗教全史』とは?

『哲学と宗教全史』は、希代の読書家・出口治明氏が、古代ギリシャから現代、そして21世紀の哲学と思想についてまとめた1冊です。

タイトルの通り、哲学と宗教そして思想を整理しながらも、それぞれが交わるときもあり、人類に影響を与え続ける欠かせない存在として描かれています。そして全史とある通り、これまでの歴史を網羅しています。時代ごとに変遷していく思想がどのようにそこに至ったかというストーリーを見事なまでに語り切っています。

著者

著者は出口治明氏です。出口氏は現在、立命館アジア太平洋大学(APU)学長を務めていますが、ライフネット生命の創業者としても有名です。

著書は多数あり、今回紹介する『哲学と宗教全史』のような歴史を語るもののほか、『貞観政要』というリーダーシップ論、『論語と算盤』のような利益と道徳を問うようなものなど、多岐にわたり、いわゆるリベラルアーツを学ぶことが重要だとされています。

様々なカンファレンスに登壇されており、特にビジネスパーソンに向けて力強いメッセージを発信されています。GLOBISのイベントによく立たれているようでして「GLOBIS知見録」に動画が複数ありますので、ご覧になってください。

本の解説と感想

哲学と宗教

哲学と宗教全史_宗教から哲学の誕生

宗教が誕生するまで

人間は「言語」という「考えるツール」を獲得したことで、根源的な問いを持つようになった。 出アフリカした人間が定住化を選び、家畜や栽培を支配するようになり(ドメスティケーション)、自然を動かしている原理も支配したいと考え始めた。 何者かが自然界のルールを作っていると考えはじめた人間は、宗教という概念を考え出した。

ゾロアスター教

人類初の世界宗教。創始者はザラスシュトラ。最高神はアフラマズダー。

考えたことは3つ。

①善悪二元論と最後の審判
いまは善悪の神が戦う時代。苦しい時は悪が、楽しい日々が続くときは善が優勢という感じ。全ての戦いが終わった後、最高神の審判により、全人類が善悪で選別される。

②守護霊と洗礼

③火を祀ること
セム的一神教(ユダヤ教、キリスト教、イスラーム教)の、天地創造、最後の審判などはゾロアスター教から影響を受けた。

哲学の誕生

BC9世紀~7世紀にかけては、「世界は神がつくったものだ」と信じられていた。 この時代をミュトス(神話・伝説)の時代と呼ぶ。

やがて【枢軸時代】に誕生した学者は「世界を神がつくったはずはない」と考え始めた。 そのことをミュトスではなく、自分たちの論理すなわちロゴス(言葉)で「何か世界の根源があるはずだ」と考え始めた。 その「万物の根源」をアルケーという。

古代の思想家たち

哲学と宗教全史_古代の思想家たち

アルケーの探求

初めて「万物の根源」について答えを出したと言われるのがタレス。 タレスは、西洋哲学で記録に残る最古の哲学者。彼は「水だ」と答えをだした。 その後、ヘラクレイトスピュタゴラスなどが登場した。

ソクラテス

西洋哲学を分けるとき、ソクラテス以前・以後で分ける考え方がある。 なぜそこで分けるかというと、ソクラテスは「不知の自覚(無知の知)」をさせるため、哲学で初めて内面への問いかけを始めた。

そこに至った時代背景として、戦乱がある。人間が生きる意味を考えた。人間の考えることは時代の環境に大きく影響される。

プラトン

肩幅が広かったので、レスリングの先生から「プラトン(広い)」とあだ名をつけられた。 イデア論の人。また、当時のアテナイへの政治的危機意識が高く、複数の賢い人によってこそいい政治が実行される(哲人政治)と考えた。

プラトンが説いたイデア論は有名ですが、なかなかかみ砕いて説明するのは難しいため、他のサイトを参照頂けるとよいかと思います。教えてgoo!の「プラトンのイデア論」の質問のベストアンサーが分かりやすいかと思います!

アリストテレス

プラトンが天(神の世界にイデアがある)ならアリストテレスは地(実証と経験)。

万学の祖で、いろいろな問題をきれいに整理した。倫理学を確立し、過去の哲学を整理、論理学、宇宙論、形而上学、政治学…あまりにも理路整然ときれいに整理されたので、ヨーロッパの学問はアリストテレスの呪縛から離れられなかった。

孔子

周の時代の「礼」の精神(儀礼や制度)と「仁」(他人への思いやりを大事にする心)を重んじた。 当時、否定はされなかったが戦乱の時代であり重用されることはなかった。

重用されることがなかった理由としては、平和は素敵だけど、向こうが侵略してくるんだから戦わないとねっていう諸侯たちの考えがあったようです。いつなんどき滅ぼされるかも分からない時代ですからね…

墨子

【兼愛】
孔子の「仁」は第一に家族を重んじるので、他者への愛は二の次になってしまう。これは不平等だと指摘。等しく尊重されるべきと説いた。

【非攻】
他国を侵略することは愛を失った行為。ではどうするのか。徹底的に守り抜け、と説いた。

墨子の清く、正しく、貧しくという考え方は間違ってないが、多くの人には息苦しかったので姿を消していった。

ちなみに墨子とソクラテスが同じ年代に生きている感じです。

ブッダとマハーヴィーラ

当時バラモン教(カースト制で有名、やがてヒンドゥー教)の権威に疑問符を持ち、財力を持つブルジョワがの力が増大。 二人はバラモン教から抜け出してブルジョワの信者を増やした。

ブッダは仏教。生活の中で正しい行いを継続しようという思想。

マハーヴィーラはジャイナ教。とても厳しい。餓死さえ否定しない。

彼らは孔子と同世代。世界中、同じタイミングでこうした人物が誕生したということなんですね。このころから生活が豊かになる人ができたので、思想家を囲うことができるようになったわけでね。

西のヘレニズム時代と東の百家争鳴

哲学と宗教全史_ヘレニズム時代

ヘレニズム時代の哲学

主にBC330~BC27(アレクサンドロス大王が立てた大国の時代)を指す。ギリシャ人が東征によってオリエントの高度な文明に触れて東西が混ざり始めた。 アカデメイア、リュケイオンに加え、エピクロス派、ストア派4つの哲学が隆盛を極めた。

アカデメイア

プラトンがつくった学校で、理想的な統治者が受けるべき哲学を教授した。

リュケイオン

アリストテレスがつくった学校。なおアリストテレスは声に力がなかったので講義は不得意だったとのこと。

エピクロス派

エピクロスが創始者。 考え方は快楽主義と訳されているが、俗に言う快楽ではなく、心がかき乱されない状態(心の平静=アタラクシア)でいること。 世間は心を乱す(パトス)ことであふれているので、隠れてパンと水だけで生きろという考えらしい。

ストア派

ゼノンが創始者。エピクロスと同じように「いかに心をの平穏を求めるか」を命題にした。 エピクロス派がパトス(激情・情念)から遠ざかることを追求したのに対して、パトスに動揺しない「不動心(=アパテイア)」を説いた。 運命を受け止め、人はロゴス(理性)を持っているので、それで得を積むことを追求することが可能と考えた。

エピクロスとストアの対比

エピクロス派は「隠れて生きよ」という思想が、不幸な運命を背負った貧しい人たちに人気だった。 ストア派はエリート層に人気だった。選ばれしものとして立派に生きるという考えに至るらしい。ローマ帝国が長く続いたのはエリート層がストア派の考えに立っていたからかも、とのこと。

諸子百家

ヘレニズム時代、中国では諸子百家全盛。 戦国七雄の王侯たちは政策立案のブレーンとしてインテリ学者たちを雇い、彼らを総称して諸子百家と言った。「諸子」というのが孟子や荀子とかの人を指し、「百家」というのが儒家や道家とか学派を指す。

孟子(性善説)と荀子(性悪説)

現状の通説では2つの説は矛盾するものの、2つの説は矛盾せず、ただの棲み分けと見る見方もある。中国の役人は(上人・中人・下人)に分かれる。このピラミッドの上の人と下の人の違いだというものです。

読み書きが可能な上人はもともと賢いので努力できる(性善説)、読み書きできない下人は努力してもやりようがないので半ば強制的に勉強させよう(性悪説)という主張です。

韓非子と荘子

韓非は荀子の弟子。人間のダークサイドを赤裸々にし、法で抑えようと考えた。

荘子は孟子と同世代で、韓非が生まれたころには亡くなってる。人間はいい加減なので自然に従って無為にいきればいいと説いた。ソロバンはじいて働くのはゴメンだ!という考え方がニッチな知識人にはまったそうです。

ちなみによく聞く『韓非子』というのは韓非先生ということではなく、著書名だそうです。

旧約聖書と新約聖書

哲学と宗教全史_旧約聖書と新約聖書

旧約聖書の成立

ヘレニズム時代に、エルサレムのユダヤ人指導者をバビロニアが拉致した「バビロン捕囚」から60年後、王朝が変わってユダヤ人たちは解放されることになった。

でも、60年ともなると世代も変わっていて、結局戻った人は、祭司階級の人たち。 この人たちが、ユダヤ人が消滅する!と考え、アイデンティティをなくしたらあかん(原文まま)という感じで創作されていった。

新約聖書の成立

「旧約」とは、イエス・キリスト以前の預言者と神との契約。「新約」とは、イエスが語った言葉や奇跡を書き残したものを言う。

新約聖書はパウロの晩年(AC60)くらいから、誰かによって執筆されるようになり、公式に認められたのは4世紀の終わり。 イエスの教えはユダヤ教上層部の堕落を批判したものだということはわかっているが、学術的には実はよく分かっていない。 パウロが布教活動しようとするけど、もともとはイエスに批判的だったのでエルサレムでは歓迎されず、ユダヤ人以外も居住するエーゲ海などで布教活動を行った。このためユダヤ人以外にも広まった。

キリスト教の布教

キリスト教団が布教を始めたころ、ストア派の哲学思想だった。つまり無神論が大勢。

こんななか、民間で敬愛を集めている要素を借用しまくって(イエスを抱くマリア像、クリスマスのお祝い、イエスの顔をゼウスに)、信者を増やしていったとのこと。 広まったのは、時代背景として大陸の寒冷化に伴う遊牧民族の南下など生活不安がつきまとっていたことも影響したらしい。

インドの宗教の流れ

哲学と宗教全史_インドの宗教

仏教集団分裂(紀元前)

ヘレニズム時代、インドでは部教教団が分裂。分かれた原因は托鉢などで「お金」を受け取るか否か。分裂したのは、上座部と大衆部。

【上座部】
年長者。ブッダが過去に受け取ってないので受け取らない

【大衆部】
若年者。受け取って布教活動に使おう →上座部の方が正論なので勝利。

大乗仏教

キリスト教が発展し始めたころインドでは大乗仏教が誕生。大乗とは、(みんなが乗れるくらい)大きな乗り物の意味。誕生の流れは以下の通り。

  1. バラモン教、難解な教えと牛の殺生で地方に追いやられる
  2. バラモン教、このことで学び、地方でシンプルな教えにし、牛殺しもやめ、地方で人気を博す
  3. バラモン教、ヒンドゥー教と呼ばれるようになる
  4. 都市部のインテリ層に人気の仏教が、この勢いに動揺する
  5. 大乗仏教の誕生(大衆をターゲットにしたヒンドゥー教のように、大勢の人が幸福になることを目的とする考え)

なお大乗仏教は過激派の宗教で、ブッダの知らない仏典が大量に創作されていったらしい。

小乗仏教

大乗仏教に否定された、それ以前の仏教を小乗仏教という。

なお、現在は前述の上座部と共通の意味合いで、上座部仏教と呼ばれる。小乗とは小さな乗り物の意味。 「自分一人が救われたらいい(小乗)という考え方は古い!」と大乗仏教徒の対比で用いられる。

イスラーム教とイスラーム哲学

哲学と宗教全史_イスラーム

イスラーム教

YHWE(ヤハウエ)であるアッラー(最近はアッラーフと呼ばれる)を唯一神とする。 イスラーム経典の誕生プロセスは、紆余曲折したキリスト教、創作された経典の多い大乗仏教と比べると単純。 経典が完成したタイミングはムハンマド死後の僅か18年後。口伝者への伝承経路も分かっている。

ムハンマド(570~632年)

最後の預言者。商人だった。立場は最後の預言者

イスラーム教では、イエスもムハンマド以前の預言者として位置づけられている。ムハンマドが瞑想してたら、夢のなかで神の言葉(クルアーン)を詠んだ。

シーア派

アリーの派閥を指す。ムハンマドの死後、イスラーム共同体は彼の戦友3人に引き継がれた(預言者の代理=カリフ)。 4代目はムハンマドの従弟で娘婿のアリーだった。アリーのようなムハンマドの血族に首長権を与えるべきだとする派閥。

ちなみにシーアとは「派閥」の意味なので、シーア派だと「派閥派閥」になるけど馴染んでしまったらしい。

スンナ派

多数派である。 スンナとはムハンマドの言行のこと。それを慣行としていこうとする考え方。

なお、シーア派とは教義の争いは存在せず、西欧諸国の石油利権のための政争が背景にあるらしい。

イスラーム哲学の発展

イスラームと西洋哲学が結び付きイスラーム哲学が形作られた。その流れは以下の通り。

  1. ローマ帝国が、国教となったキリスト教以外を教える大学(アカデメイアとリュケイオン)を閉鎖
  2. 職を失った教授たちが文献と一緒にイラン南西部に身を寄せる
  3. イラン南西部をイスラーム教が征服し、ローマの文献を接収
  4. ギリシャ語の大翻訳運動が始まる
  5. 偉大な思想家の登場。例えば、イブン・スィーナー(生980年) 敬虔なムスリム。神の存在とプラトン&アリストテレスのギリシャ哲学を結合っした結果イスラーム神学へ進化。翻訳された文献から「無から有は生じない」と考えた。生じさせる存在としてアッラーフがいると考えた。

イスラーム教とキリスト教神学

翻訳運動によってプラトン&アリストテレスが500年ぶりに欧州に復活。 トマス・アクィナスは、イスラーム神学の思想家たちの本を読み。神の存在を理論的に証明しようとした。

アリストテレスが言う「誰かが押すから机は動く」のだとしたら、月や星や太陽が動いているなら誰が動かしているのか?

・・・神だろ。という理論(無から有は…と似た考え)

死後や宇宙のことは分からないので、それらを説明するのが信仰の心理によって構築されるのが神学。

密教・朱子学・陽明学

哲学と宗教全史_朱子学と陽明学

密教

ムハンマドの没後(632年)頃、インドでは密教が盛んに。大乗仏教は所詮、ヒンドゥー教の亜流でそこが限界。 仏教はこれを打開するために、原点回帰で上流層へ「立派なあなただけに尊い教えを授けます」というプロモーションで密教を布教した。

朱子学

仏教と異なり宇宙や天上界について考えてないように見える儒教はスケールが小さいと思われた。朱子学はこの弱点を汲んで儒教を再構築。

世の中を律する人間の本性と天上界を律する天の理は同じ。格物致知(万物にはそれぞれの理がある)。

朱子によれば、理が誤ったものを継承することはないないので、後漢を滅ぼした魏は否定され、蜀こそが正当であるということになるらしい。なので、漢民族の中国支配を正統化する思想になったようです。

【 知先行後】
学びが先で実践はその後。

【格物致知】
万物を観察し探求すれば世界全体が理解できるという朱子学の考え方。

陽明学

朱子学への批判。朱子学は実践を疎かにしている格物致知の考え方を悪用する人も増えていたらしい。

王陽明(王守仁)が格物致知を実践し、竹の理について考えるため7日7晩、竹を見つめてたら、「竹を見つめていた自分の存在だけがあった」という収穫があった。「我思う、ゆえに我あり」のデカルトと似ている考え。

【知行合一】
学んだら即行動。

ルネサンスと宗教改革を経て合理性の時代へ

哲学と宗教全史_ルネサンス

ルネサンス

ルネサンスとは「再生」の意味。ギリシャやローマの古典がイスラーム世界を経由して、キリスト教関係の著書しかなかったヨーロッパに入ってきた。

原動力のもう一つは、ペスト(1347年)の影響を受け「人生は儚い」「今を楽しく生きよう」という死生観が醸成されたこと。

宗教改革(ドイツ)

ローマ教会の世俗化、高級聖職者の堕落に対する批判が嵩じたもの。 なんとサン・ピエトロ大聖堂の改築費のために、贖宥状(罪が軽くなる赦免状)を売り出された。これがきっかけ。

1517年、ルターは贖宥状を批判。この影響で農民がだんだんと過激になって反乱がおきた。でもルターはこの動きには強く反対。

なお「プロテスタント」は、ルター派を禁止しようとする動きに対して、諸侯が「抗議書(プロテスタティオ)」を送ったことから送った人たちをそう呼ぶようになった。

イングランドの経験論

ルネサンスと宗教改革を経て、神の世界から合理性の時代へ突入。

イングランドのベーコンが代表格。神が介在する隙間のない「帰納法」を体系づけた。ガリレオらは科学的に地動説を裏付け、トマス・アクィナスの世界観を破壊した。

大陸合理論

帰納法ではなく演繹法に重きを置いた。先駆者デカルトは「我思う、ゆえに我あり」で有名。 人間は神から自由な存在と言いつつ、「人間が不完全なのに完全を求めるのは完全を知っている神が教えてくれたから」と神の存在を証明した。

近代から現代への転換期

哲学と宗教全史_近代から現代へ

2つの人口国家の誕生

【アメリカ】
イングランドなどの世界中の人々が集まって、独立させた。歴史がない国でアイデンティティは憲法。

【フランス】
フランス革命、ナポレオンを欧州征服を経て王家が終われ共和国に。

ナポレオン法典

トマス・ペインは『コモン・センス』を執筆。人間は生まれつき平等なので、イングランドからの独立こそがアメリカ人のコモンセンス(常識)というロジックとして使われた。

アダム・スミスは『国富論』で個人の自由と社会の秩序は調和すると理論づけた。 →これらの考え方を統合し、所有権を認めるナポレオン法典の制定し、フランスを国民国家にしていった。

カント(生1724年)

近代哲学の祖と言われる。哲学の歴史は学説が分かれていくと人々が混乱するので誰かが統合しようとする。カントは大陸合理論とイングランドの経験論を統合しようと試みた。

人間には、感性(感覚)と悟性(判断力)があるとし、モノを見るときはこの2つで構成される認識の枠で観ている。なので本当の姿を見ている保証はないという考え。

ヘーゲル(生1770年)

弁証法を説いた。弁証法とは、テーゼとかアンチテーゼの対立関係からより高次の次元へと引き上げるアウフヘーベンによって新しいテーゼが生まれるというもの。

カントが人間の認識は永遠に実像である対象には至らないと考えたのに対して、弁証法によって螺旋階段のように進歩していくと世界の真実を知ることができる(絶対精神)と考えた。

19世紀と20世紀の哲学

哲学と宗教全史_19世紀と20世紀

19世紀、ヘーゲルの後の3人の哲学者

【キルケゴール】
ヘーゲルは絶対精神(リビジット⑭参照)で世界が進歩すると述べたが、私自身が変化していくので「主体的な心理」が大事と述べた。

【マルクス】
ヘーゲルの社会が進歩していく考え方は指示するが、絶対精神が意味不明だ。歴史を動かすのは経済構造が生み出す生産力だと述べた。

【ニーチェ】
ヘーゲルの絶対精神を否定しつつ神をも否定。絶対的な存在などいない。でも人間は前を向いて歩ける。(となんか良いこと言ってる!)

フロイト

「無意識」を発見したことで人類に大きな影響を与えた。 神経病理学者。過去の哲学者が人間の意識をベースにしたのに対し「無意識」が人を動かすと考えた。

人間の無意識な行動の裏には、性的な動機があると考えた。晩年は、生の本能(エロス)と死の本能(タナトス)が人間にはあると考えた。

20世紀の哲学

哲学が、カントのよう統合せず「分断」した時代。 世界大戦、冷戦、社会主義体制の崩壊。 一方で自然科学でいろいろなことが解明され、未知の部分が消滅し、奇想天外なことを考える余地がなくなった。 20世紀の哲学者は小粒になったという意見もある。

おわりに

最後は出口さんの熱いメッセージで締めくくられています。1つだけ引用させて頂き、『哲学と宗教全史』のまとめを終えたいと思います。

振り返ってみると、神の存在を考え出した人間がやがて神に支配されるようになり、次に神の手からもう一度人間の自由を取り戻したところ、その次には自らが進歩させた科学に左右される時代を迎えています。それでもこの時代に、人間が招き入れた科学的で冷厳な運命を受け止め、それを受け入れてなおかつ「積極的にがんばるぞ」と考える人たちが少なからず存在しているのです。そのような意思や意欲がある人間の存在が、巨人の肩の上に21世紀の新しい時代を見通せる哲学や思想を生み出してくれるのかもしれません。

『哲学と宗教全史』p453

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