『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい 経済の話。』の書評と要約|格差は余剰から始まった

父が娘に語る経済の話 経済
父が娘に語る経済の話。(ヤニス・ヴァルファキス著)

『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい 経済の話。』という邦題は、なんとも長ったらしいと思われるかもしれませんが、私たちにとってはタイトルだけで、経済の話が分かりやすくてしかも結構深いんだろうなとパッと分かるという点で優れているように思います。それだけでこの本の内容を表しているのかもしれません。

2020年8月28日(金)、このブログを書いている日でしたが、ちょうど安倍晋三首相が辞意を表明するという日になりました。安倍さんは8年近く首相の地位にいて、一つの結果として株価はめちゃくちゃ上昇したわけですね。これは一部『父が娘に~』に書かれている「金融と言う黒魔術」にもつながるのかなと思います。年金の運用と日銀が株を買いまくった結果ですが、これはやはり富(資金力)をあると相応に経済に影響力を与えるということ。

今後の日本経済がどうなるのかは次の首相のビジョンにもよります。今後しばらくは経済学の専門家などが経済を占いのようなことを言うためにニュースのコメンテーターとして呼ばれることが増えるでしょう。

実は本書では、その専門家に「任せきるのは危険」だということをベースにまとめられています。だからこそ「娘に語るように」というコンセプトで、経済について専門用語ばかりあって難しいものだと思い込んでいる私たちに、やさしく語りかけているんです。

また、この本の翻訳が関美和さんなので、日本語に訳されてもかなり分かりやすい!

経済の難しい話までは本書からは吸い取れませんが、どのような歴史があって今の市場の構造になっているのかがまとめられており、経済の基本的な構造を捉えたいという人にはお薦めしたいです。

合わせて読むと理解が進むのが、『サピエンス全史』だったりします。人類がどこから来てどこへ向かうのかという話ですが、農耕社会・文字・お金など、リンクする部分があるので、より理解が進むかと思います。

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本の概要と要約

父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。
『父が娘に語る経済の話。』の問題提起

何を?
「なぜ格差が生じるのか」をなるべく専門用語を使わず

誰に?
自分の娘や若い人たちに

なぜ?
経済学者だけに経済を任せてはいけないと思ったから

父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。
『父が娘に語る経済の話。』の要約

内容は?
農耕に舵を切ったことにより、「余剰」が生まれることになった。この余剰によって貯蓄という概念が生まれ、貸し借りを管理する文字が生まれ、借金ができるようになった。市場と経済は信用により成り立つようになり、富があればあるほど影響(権利)を持つようになった。この状態は全員が平等に権利を持っているわけではないため、民主主義では実はない。経済学者に任せている限りは、過去に基づいた説明しかなされないため、私たち一人一人が経済を知って意見を持つことが大事。

著者

本書を書いたヤニス・バルファキス氏は、元ギリシャ財務大臣です。2009年から2010年に世界中で大きく報じられたギリシャ危機の最中に現役でした。その当時の思いがあるのかは不明ですが、富が一部に集中していることに警鐘をならしています。

TEDtalksでもスピーチをしているのでそちらもご覧ください。本書で伝えようとしている資本主義の悪影響を語っています。タイトルもまさに「資本主義が民主主義を食い尽くす」というもの。

本の解説と要約

格差は余剰から始まった

格差というワードが本書が読み解く課題です。その格差の源流は人類が農耕社会に舵を切ったことによって発生した「余剰」にあると述べられています。

なんだか『サピエンス全史』のような話の展開。リンクするところは非常に多いです。農耕社会では計画生産になりますが、余った作物を貯蓄することが可能になります。不作や洪水などのリスクもあるため、いよいよ貯蓄は大事になります。

余剰によって誕生したものに、文字、そして債務と通貨があります。

文字は記録しておかないと、共有している倉庫にどのくらい預けたのか証明できなくなりますし、それが「どれだけ(どのくらいの価値)」なのかを計る必要があります。

この仕組みが機能するようになるには、中央集権的なシステムが不可欠でそれは信用がベースになります。ということは支配者階級が生まれます。そして支配者はうまい具合にコントロールをするんです。余剰がありことによって贅沢になりますが、宗教で物語を語り、軍隊を形成、国家を信用の担保として農民にお金を貸すようになり、さらに余剰が生まれるというサイクルが回ります。

借金という地獄より残酷なこと

第3章は面白い。ここでは借金と利益の結びつきは、地獄よりも残酷なことだと語られています。

どういうことかというと、「お金を貸す」という行為のなかでも、いわゆる互助的な助け合いは満足感が動機になりますが、契約となると利子が動機になります。

契約によってお金を借りられるようになると、生産とカネの流れが逆転することになります。それまでは生産してから分配されていました。主従の関係。封建制ですね。それが借金は生産する前に分配されているのです。

羊毛を作るために土地と羊を飼うためには、まずお金が必要なんです。一度借金したら、返さなくてはならず、これはまさに借金の奴隷です。

とはいえ借金できるからこそ、起業できる人も増えました。また封建時代ではなくなった市場では利益追求する企業こそが新しい富の源泉になるので、企業がより高い生産性を上げるためには設備に投資するなどが求められるので、また借金が必要になります。なんというデスマーチ…

どこからともなくお金が生まれる

4章も面白い。ことごとく面白い!4章は、金融がなす技を黒魔術と表現しています。

簡単に言うと、銀行と言う組織がお金を「どこからともなく、パッと出す」というものです。銀行が誰かに貸すお金は預金者のお金ではないのです。そもそも市場が急激な成長をするので、預金者のお金だけで賄うには間に合いません。そこで銀行は自らが被害を被らない方法を編み出します。

例えば50万ポンドを貸すとなったとしたら、5000人の投資家を集め、一人100ポンドでその債権を販売します。もちろん預金よりも高い金利です。発明ですね。

これは実にうまくできた仕組なので、銀行はこの黒魔術を頻繁に使いたくなります。すると社会全体が借金漬けになります。お金を貸した事業がそのぶんだけ上手くいっているうちはいいですが、経済成長が借金に追いつかなくなると破綻が待っています。

今の日本を想像すると恐ろしいです。

テクノロジーで得られる恩恵を共有すべき

先に述べた通り、借金により起業家が誕生します。なるべく利益を出そうとするので生産性を上げることが求められますが、今の時代だとテクノロジーへの投資が欠かせなくなります。テクノロジーがいまの仕事に置き換わることは多いでしょう。

産業革命でもラッダイト運動という労働者の抵抗がありました。機械を使用することで仕事を奪われると考えた労働者が、機織り機などの破壊活動に及んだ運動です。

過去に人類(というか労働者階級)が行ってきた仕事が奪われる機会は幾度かあったはずです。封建制の時代に農地を追放された農民もしかり。産業革命で仕事を亡くした人も結局のところ別の地域や別の仕事を得たはずです。しかし、今回はどうでしょうか。『ホモ・デウス』では、データ教になるのではという仮説を立てていたりしますが、データ至上主義になるとさらなるエリート(超富裕層)とそれ以外に分かれる可能性があります。

本書では、キカイが創出する利益の一部は、共通のファンドを通して全ての人に配分するというような提案がされています。

地球を守るのは民主主義

バルファキス氏が一番伝えたいところは、「民主主義を勝ち取れ」ということだと思います。

資本主義は富を持つものが圧倒的に権力を持つ社会です。わかりやすい例で言えば株式会社は議決権がモノを言います。同じ株主でも僅か100株しか持たない私と、創業者やファンドの発言の重みが違うのです。

一部のテック系企業に富が集中していくと、彼らにまた有利な判断がなされてしまう恐れがあります。

経済学者の言うことが当たらないのは?

ところで、みなさんお気づきかと思いますが、経済学者の言うことって最もらしいんですけど当たるかどうかは分からないし、むしろ当たってない。

なぜかというと、「経済学は公式のある神学」だからと述べられています。占い師のロジックと似ているのです。今は不況だとしたらそれはなぜ?→競争不足のせい→規制緩和しないと→民営化で促進しよう→労働市場が問題だ…と永遠に後付けで説明がなされていきます。

これは、迷信と現実の違いを別の迷信で説明しようとする、アフリカの部族と何が違うというのでしょうか。ということで、経済学者に経済を任せるのは宗教と同じだという主張です。

経済学を信奉することは、人類が過去に秩序としてきた宗教への信仰と何も変わっていないような気もしてきます。信じることが宗教から市場社会に代わっているだけ。支配者は権力維持のためにイデオロギーを使います。

最後、バルファキス氏は、外の世界からの視点を持ち続けようと訴えてます。外から見たときに私たちがいる場所がどういうところなのかが初めて分かるから。

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