『2020年6月30日にまたここで会おう』は、瀧本哲史さんの本。瀧本さんはエンジェル投資家として多くの起業家を陰で支援されていましたが、若者(特に20代)に向けて、これから本格的な資本主義の世界で戦える武器を配ろうと様々なところで講演をされ、自分で考えて生きていくことを訴えていました。
瀧本さんの本は、『ミライの授業』『僕は君たちに武器を配りたい』に続き3冊目。
本書でまとめられている瀧本さんの講義は、タイトルの通り「2020年6月30日にまたここで会おう」となげかけ、「よき航海を」という言葉で締めくくられています。まあじゃあ、なぜ「会おう」と約束したのかが本書の核心なわけです。
瀧本さんは、若い人たちが自分ができることちょっとだけ変えていったら、社会は変わると信じています。講義が行われたのは2012年。その8年後の2020年には、この講義に参加した人たちが自分で何かを変えようと決めた「宿題」の結果が分かっているんじゃないか、ということで約束をしたという感じです。
日本の将来に危機を感じている瀧本さんは、若い人から日本を変えていくことを訴えていました。パラダイムシフトは世代交代で起きるもので、いつだって世界を変えるのは若い世代で、その人たちが諦めないで、ちょっとだけでも自分の興味のある範囲で変えていくことで、大きなうねりを作っていけるはずだというのです。
瀧本さんが話されている内容は、起業とか社会変革とか普通の人がそうするためにどうすればいいのかというのがベースになっているのですが、分散型ネットワークだとか、教養が大事だとかそんなことが書かれていて、昨今いろいろなビジネス本で重要とされるようなエッセンスが詰まっていました。
偶然かもしれないですが、この本を読む1つ前に読んでいた『コミュニティ・オーガナイゼーション』そのものの実行方法を伝えていたように感じます。「武器モデル」という、カリスマがトップダウンで進めるのではなく、たくさんの人達それぞれがリーダーになって、社会変革させていくことができると、すでにこうして叫ばれていたんですね。
残念ながら、その結果が出る直前、2019年に瀧本さんは亡くなられました。2012年に東大で瀧本さんの講義を聞いて、宿題をやっていた人たちは集まったのか気になるところです。
この本で「弱者こそ交渉という武器を持て」とありまして、『武器としての交渉思考』にも手を出す感じになりそうですねー笑
本の概要と要約
著者の課題
日本への危機感がある。構造的に衰退に向かっているのではないか。表に出て積極的に支援しなくてはならない。
解決方法
Do your homework!自分ができることをやってみてちょっとずつ社会を変えていこう!
内容
・武器としての教養
ー二十歳の若者が自由人として生きていける武器を配りたい
・武器モデルとは
ー自分で考えるための武器を配る
ーカリスマモデルではない
ー世の中を変えられる人をたくさん作る
ー資本主義自由主義民主主義の中では自分で決めることが超重要
・言葉が大事
ー右手にロジックを左手にレトリックを
ー正しいことを言っても届かないと意味がない
ー言葉を使って仲間を増やし空気を変える
・君と君達がパラダイムを変える
ー地動説は世代交代によってパラダイムシフトした
ーいくら説明しても天動説の世代は受け入れない
ー世の中を変えるのはいつも若者
・弱者こそ交渉という武器を持て
ー相手の理解を分析して言葉を変える
・仲間は必ずいる。探せ!
ー社会変革はカリスマよりたくさんのリーダーがいる方が健全
ー辺境から声を上げる
ー多様性や弱いつながり
ーいろんな人がそれぞれ挑戦し3勝97敗でいい
ー目的のためにつながる
・よき航海を
ー地震が今いる場所でちょっとだけでも変えられることがあるのでは
ー自分の興味あることでトライ&エラー
ー8年後の今日宿題の答え合わせをしませんか?
ーDo your homework! Bon Voyage!
ー2020年6月30日にまたここで会おう
著者:瀧本哲史とは
京都大学産官学連携本部イノベーション・マネジメント・サイエンス研究部門客員准教授。エンジェル投資家。東京大学法学部卒業。東京大学大学院法学政治学研究科助手を経て、マッキンゼー&カンパニーにて、主にエレクトロニクス業界のコンサルティングに従事。内外の半導体、通信、エレクトロニクスメーカーの新規事業立ち上げ、投資プログラムの策定を行う。
独立後は、企業再生やエンジェル投資家としての活動をしながら、京都大学で教育、研究、産官学連携活動を行っている。全日本ディベート連盟代表理事、全国教室ディベート連盟事務局長、星海社新書軍事顧問などもつとめる。著書『武器としての決断思考』(星海社新書)
2019年8月に逝去されました。47歳。
●記事
【瀧本哲史インタビュー】流されるまま東大:消化試合としての人生(UmeeT 2016.4.11)
追悼 瀧本哲史さん 30年来の友人が語る「天才の人間性」(Forbes JAPAN 2019.8.18)
●公式
Twitter:瀧本哲史bot @ttakimoto(亡くなる数日前まで更新されている)
facebook:瀧本 哲史
本の解説と感想
日本への危機感
奴隷でも、猿でもなく、「人間」になろう
『2020年6月30日にまたここで会おう』p24
もともと、瀧本さんは表に出る人ではなかったものの、日本への危機感から表舞台に立つようになったのだそうです。瀧本さん自身もその危機感から日本を脱出するという選択肢も考えないことはなかったようですが、日本には「残存者利益がある」と、むしろチャンスがあるんじゃないか、と考えたそうです。
日本はGDPは中国に抜かれて3位だけど、まだ3位。伝統や技術などの資産もあり、一人ひとりが考える力をつければまだチャンスはあるぞと。なので、トップダウンではなく誰もが自分で考えることができる「武器」を配ろう、というのが瀧本さんの人生のミッションになったのです。
現代社会では、しっかり自分の頭で考えられない人間は、「コモディティ(替えのきく人材)として買い叩かれるだけ
『2020年6月30日にまたここで会おう』p19
武器モデルのターゲットは、二十歳の若者。このモデルを広めるために著書も増やしていて、『思考の整理学』のようにずっと読まれ続ける定番として広めたいのだそうです。
最重要の学問は言葉
右手にロジック、左手にレトリックを
『2020年6月30日にまたここで会おう』p39
人間は合理的でもその選択をしないことが多くあります。瀧本さんは「ロジック」はとても重要だけど、それだけではなく、ロジックを伝えるための「レトリック」も同じくらい重要なのだと言っています。
ロジックというのは、誰もが納得できる理路を言葉にすること。
レトリックというのは、言葉をいかに魅力的に伝えるかという技法のこと。
相手との「交渉」の話にもなってくるのですが、相手の利害を踏まえたうえで、様々な考え方に触れるということの一つの手段に、教養を学ぶということがあるそうです。思考の枠組みとしてリベラルアーツがあると。
リベラルアーツの役割とは、自分以外の他の見方や考え方があり得ることで、答えを知ることでは決してなく、先人たちの思考や研究を通して、新しい視点を手に入れること。これが大事。
自分の人生を、自分で考えて、自分で決めるために「言葉」を手に入れよう、ということですね。
パラダイムシフトを起こすには
旧世代の方と、みなさんのような新世代の方の人口比って、だいたい「2対1」です。なので、じつは、旧世代の人をひとり説得すれば勝ちなんですよ
『2020年6月30日にまたここで会おう』p50
パラダイムシフトについて言及がありまして、これはなるほどね、というポイントでした。
天動説と地動説の話。地動説が唱えられる前までは天動説が当たり前の考え方で、地動説が出てきても古い世代はそれを受け入れることができませんでした。しかし古い世代が表舞台からだんだんと消えていくと、フラットに見れる新しい世代が多くなると、ようやく地動説が通説になっていったという話です。つまりパラダイムシフトは世代交代で起こったということです。
日本で言えば、明治維新。大久保利通が薩摩の代表を務めたのは35歳。木戸孝允は32歳。榎本武揚は29歳…(ああ、もうみんな私の年下なのね)
これって最近でもそうなんだろうなと思うことがあります。
LGBTなどは昔からあったものですが、これが多様性の流れか、個性を大事にする若い世代の価値観が全体をみて大きなシェアを占めてきたときに、ようやく一般化されてきたのではないでしょうか。
私たちも、「仕方がない」とあきらめるのではなく、長い目で世代が変わっていけば、社会が変えられるということを認識しておけば、選挙にもいくし、社会運動だって意味があるものだと感じるかもしれませんね。ただ日本人は寿命が長いので昔よりもはるかに世代交代が難しいような気はします…
交渉という武器
弱者こそ、「交渉」という名の武器を持とう。常に「相手の利害」を分析せよ
『2020年6月30日にまたここで会おう』p121
『コミュニティ・オーガナイジング』っぽくなってきました。『コミュニティ・オーガナイジング』では、自分や同志が持っている資源をパワーに変えていってゴールを目指そうとしますが、どうしても自分たちでは何ともならないパワーが必要な場合があります。
そのときに、共感できない相手でも相手が動きたくなる、動かざるを得ないようにするというのもやはり必要。
そのため交渉は「情報」が大事になります。交渉相手にどういうニーズがあるか、最低ラインはどこなのか。相手がどういう状況にあるかによって、それらは全然変わってくるわけです。ここでも言葉が大事で、交渉相手への提案の「言葉」というのは適宜変えないといけないのです。
相手のことを理解しないまま、どんなに努力したり性能を上げても無意味。過去に日本の携帯電話はやたらと(不要な)機能が追加されていったことがありました。マーケティングで消費者の理解が必要なのと同じく、交渉相手を知ることが大事です。
仲間を探せ!
群雄の中でリーダーシップを発揮している小さなリーダーにこそ、注目すべき
『2020年6月30日にまたここで会おう』p125
社会運動、社会変革は一人では起こせません。結果的にカリスマモデルのようなものになってしまうケースはあるでしょうが、一人から始まって同志が増えて、それぞれで自走していく。
難しい点は、似通った人たちだと気が合うので画一的な集団になってしまう可能性があるということ瀧本さんは「自分と違う属性の人間を集める」「目的のためにつながる」と言っていて、まさに『多様性の科学』。
今でいうweb3のようなことも言っていて、「分散型ネットワーク」という言葉も使っています。web3はブロックチェーン技術を用いたサービスなどをまとめた概念で、形態としてはNFTやDAO(分散自立型組織)などがあります。例えばそのDAOの話でいえば、所属する人たちがどうやって機能するかと言うと、組織に「目的」や「ミッション」があって、それぞれができることで貢献するということ。
ということはつまり、仲間を見つけるためには、目的がすごく重要ということですね。
2020年6月30日にまたここで会おう
本に書いてあることは1000円で買えるから価値はない
『2020年6月30日にまたここで会おう』p184
↑の瀧本さんの言葉は本ばっかり読んでいる自分にはとても痛い話ですが…笑
瀧本さんが言いたいのは「人生は盗めない」ということ。
「アイデアを話したらパクられるという心配は、あなたが事業をやる理由が弱いから」と瀧本さんは言っています。これは、あなたの心の底からやりたいことではなく、マーケティングの目線が入ってしまっているということでしょう。
エンジェル投資家として活動する瀧本さんからすれば、パクられる可能性があっても、原体験などから「自分がやる必要がある」という気持ちで進められるほどのバックグラウンドを持っている人であれば推し進めることができると思うし、投資するという発想です。
新しいことへのチャレンジ、起業の世界も3勝97敗の世界。でもそのなかの3勝は、世の中の課題を解決できる何かを秘めているホームランになる可能性があるのです。
私たちのような普通の人でも、自分の興味のある範囲で、自分が戦う意味があるもので、自分が変えられると思うことに挑戦してみる、そんなちょっとしたことが、社会を変えていくかもしれない。この講義で最後に瀧本さんは「宿題を作って答え合わせしよう」と投げかけます。2020年6月30日、同じ場所でその答え合わせをしようと。
まとめ
最近、多様性だとか心理的安全性だとか、いまでこそ整理されて1冊の解説本などができている概念。それらが瀧本さんの講義から、「つまり、今でいうこれだな」と思うことがかなりありました。
この講義が2012年に行われたということを考えると、瀧本さんのみていた景色というのは、近い将来ホントにそれが求められる世界だったという、驚きをもって読み進めました。もちろん、瀧本さん以前に訴えられていたことがあるんでしょうけど、それをこのタイミングで自分に引き寄せてかかれていたというのが単純にすごい。
講義に加え質疑などもあるという内容であったため、要約という形でまとめにくかったのですが、過去の瀧本さんも著書とのリンクもはっきりとあり、理解度が高まりました!
本の目次
- 第一檄 人のふりした猿になるな
- 僕が本を書く理由
- 自ら明かりを燈せ
- ソロスはなぜコピー機をバラまいたか
- ものを言う道具
- 100万部より価値のある「10部」
- 第二檄 最重要の学問は「言葉」である
- 教養の役割
- バイブルを否定せよ
- 自分で考えるための「ケースメソッド」
- 右手にロジック、左手にレトリックを
- 第三檄 世界を変える「学派」を作れ
- 「霞が関の競合」をつくろう
- ダメな場所からは離れる
- 援助が非合理を温存する
- Q︰大久保利通の年齢を答えよ
- Young Change The World
- 科学革命の不都合な真実
- 君と君たちが、パラダイムを変える
- ニセ預言者たちに騙されるな
- 第四檄 交渉は「情報戦」
- 相互依存の時代に必要なもの
- ダメな交渉は「僕がかわいそう」
- アンカリングの魔力に騙されるな!
- 相手の「理由」をすべて潰せ
- ビジネス理論マニアの、残念な人
- バカがいたら、猿だと思え
- セールスは何で決まるか
- サイボウズは交渉の達人
- つまりは「聞いたもん勝ち」
- 第五檄 人生は「3勝97敗」のゲームだ
- ショボい場所から始めよう
- 計画された失敗
- 仲間は必ず「いる」
- 伊藤博文の記憶を抜こう
- ファイトクラブ戦略
- フリーメイソンに学べ
- 目的のために、つながる
- 第六檄 よき航海をゆけ
- 質問は「ヘボくていい」
- 「たまたま失敗した人」を助けよう
- 僕が「弱者」を支援する理由
- 若き「革命家」たちを支援せよ
- 君に、戦う理由はあるか
- 「盗めないもの」はなんだ?
- リーダーシップが発揮できる場所を探せ
- 僕は日本の未来に期待したい
- 無茶をやれ
- 船員になるが船長であるか