2020年7月30日に外山滋比古さんが亡くなられたというニュースが飛び込んできました。外山さんと言えば『思考の整理学』。「東大・京大で一番売れた」という触れ込みがあるおかげで、つい買ってしまったものですが、実は一度手放してしまいました。
この本の中で書かれていることの一つに、「すてる」ことがあります。
知識はやがて溢れるので意識的に捨てることで整理しましょうという趣旨のことが書かれていますが、注意点があります。捨てるときは時間をかけて捨てるようにしないと、捨ててはいけないものまで捨ててしまうよ、という注意です。結果的に私のように『思考の整理学』を買いなおすわけなので、本の中でも書かれていることを全然実行できていない証ですかね…
外山さんが丁寧にわかりやすく書いている「思考の整理」は、まず自分たちの存在を問うようなところからスタートし、人の思考の流れの原理、そしてそれを前提としたヒントが満載です。そう、あくまでもヒント。
きっと、この本を手にする人は、大学に入りたての方、新社会人、あるいは仕事で壁にぶちあたって、自分を変えようと考えている人だと思います。(たぶん、学校内の書店で置くと思うので、東大生や京大生が多いかもしれませんね)
ですが、外山滋比古さんが「こうしろ!」と行動を勧めているものでは決してありません。自分なりの実践をしなくては意味がないのです。読み終わってから自分がどう行動するか、自分と向き合って、ゆっくりじっくり考えていきましょう。
『思考の整理学』の要約
何を?
アイデアを軽やかに離陸させ思考をのびのび飛行させる方法を。
誰に?
「ものを考えるとはどういうことか」を考えようとしている人へ。
なぜ?
人はいつの間にか我流の考え方を持っているが、自分がどういう考え方をしているかを自覚することは困難だから。
内容は?
学校はグライダー人間養成所である。どんなに成績がいい人でも必ずしも成功しないのは、自分自身で飛翔する能力ではなく、教えてもらった通りにできるかで評価されるから。創造的思考を働かせるために人間はどのように思考を整理するのだろう。
①寝させる
物事は考えすぎるとかえって狭い了見になってしまうので、放っておくとよい。
②抽象化
一次情報(出来事・ニュース)があるだけでは情報はばらばら。それらをまとめていき意味づけることでメタ化される。また、同じ分野の本を多く読んでいくと重複部分が現れる。この重複が定説であり、異なる部分が諸説。
③忘れる・捨てる
人間は忘れていく。面白い情報は忘れない。知識をつけようとすると最初のころは新鮮だが、やがて飽和する。飽和したら逆に情報を捨てていくことが求められる。
コンピュータが人間の仕事にとってかわる時代に、そこから人間がどう変わるかを考えていくことができるのは人間だけ。それこそが人間の創造的思考である。
思考の整理学とは
『思考の整理学』とは、外山滋比古氏による学術エッセイです。刊行されたのは1983年、私たちがいま手にできるのは1986年に文庫化された文庫版のほうです。
ある時期、表紙帯には「東大・京大で一番読まれた本」というキャッチフレーズが採用されたように、毎年のように東京大学の本郷キャンパスの生協や、京都大学生協の年間文庫本ランキング1位になったそうです。Amazonのページには2008年から2020年までの13年のうち、東大で7回、京大で8回1位となっています。(ほかの年も上位なのですが、2012年だけ東大も京大も10位内に入っていないのがむしろ何があったと気になります…)
きっと先生の推薦図書になって読まれるようになったのかもしれませんね。「東大・京大で一番読まれた本」というフレーズで全国的に人気となり、2021年の文庫化35年目に250万部を突破する大ベストセラーになりました。
東大が学生に求める人物像は、「自ら主体的に学び,各分野で創造的役割を果たす人間へと成長していこうとする意志を持った学生です。何よりもまず大切なのは(中略)学びに対する旺盛な興味や関心,そして,その学びを通じた人間的成長への強い意欲です」
この観点からも、本書が求めるこれからの時代の人物像とされる、「グライダー型ではなくエンジンを積んで自分の考えで自由に飛び回れる人」と東大生に求められるものに合致するのではないでしょうか。
著者:外山滋比古とは
外山滋比古(とやま・しげひこ)さんは、日本の英文学者、言語学者、評論家、エッセイスト。東京文理科大学英文科卒業。文学博士。『英語青年』編集長を経て、東京教育大学、お茶の水女子大学などで講義を持ち教鞭を執った。お茶の水女子大学名誉教授、全日本家庭教育研究会元総裁。
著書は多数あり、今回取り上げる『思考の整理学』のほか、『ことわざの論理』『「読み」の整理学』『知的生活習慣』『伝達の整理学』(筑摩書房)など。
2020年7月30日、胆管がんで死去されました(外部サイト:外山滋比古さん死去…96歳、「思考の整理学」がベストセラーの英文学者)。
●インタビュー
自分の頭で考え、自力で飛び回る「飛行機人間」になるには 『思考の整理学』外山滋比古さんインタビュー(じんぶん堂 by好書好日 2020年8月19日※もとは2008年2月のインタビュー)
本の解説と感想
学校はグライダー訓練所
本書は以下のような文から始まります。
学校の生徒は、先生と教科書にひっぱられて勉強する。自学自習と言う言葉こそあるけれども、動力で知識をえるのではない。いわばグライダーのようなものだ。
『思考の整理学』 P11
いきなり、なんということでしょうか…
私はとにかくインプット人間なので、外山さんがおっしゃるように、まず何かを勉強しようと思ったら真っ先に「学校」という選択を思い浮かべます。私もビジネスを学びに30歳でMBA獲得に大学院へ飛び込みました。
で、確かに仰るっとおり。ビジネススクールに行ったからと言って起業ができるかと言うとそんな安直なものではなく、むしろ会社勤めのメリットすごいなと思ったくらい。私自身には創造的な能力に欠けているというところは自覚するところがあります。
と言う点からグライダー訓練施設で、言うことを聞いて成績を上げて評価されてきたいい子ちゃんでは、全く新しい何かを創造することは難しいというのは、納得度が高いものがあります。
外山さんが、そういった状況に警鐘を鳴らした背景には、卒業論文で何を書いていいか分からないという学生が増えてきたという主観と、人間よりもグライダー適性が高いコンピュータがこの先に人間社会に与えるインパクトを慮ってのことなのでしょう。
『思考の整理学』には、そんな私たちがグライダー兼エンジンを積んだ自立飛行機になるにはどうしたらよいかのヒントがちりばめられています。
寝させることで整理する
「見つめる鍋は煮えない」という言葉がでてきます。何か鍋で煮ようとしたとき、ずっと鍋の状況を心配して煮込み具合を確認していると、いつまでたっても煮えないという話です。つまり放っておいた方がよく煮立つということ。ここから転じて寝させることが大事という流れにつながります。
「一回、このアイデア寝かそう」とかって経験ありますよね。
集中してなんかいいぞ!と思っていたら着地点が全然よくなくて結局再スタートに。そうなったらそれまでの時間が無駄になってしまうので、一度放っておく。その放っておく時間を別の創造的なことに割く時間にしたほうが有益な可能性があります。もし寝かせていたアイデアが時間を経ても輝きを放っていたら、それは間違いなくその時点で最良の選択といえるでしょう。
抽象化することで整理する
本の中でこれはいい気付きになった!と思ったのが次の一節。
「〇〇山は南側の斜面が砂走になっている」というような言葉は第一次情報である。これに対して、「この地方の山は△△火山帯に属している」といった表現は、第二次情報である。第一情報をふまえて、より高度の抽象を行っている。”メタ”情報である。さらにこれをもとにして抽象化をすすめれば、第三次情報ができる。”メタ・メタ”情報というわけである。このようにして、人為としての情報は高次の抽象化へ昇華していく。
『思考の整理学』 P74
整理する過程の中で、人間はどんどん抽象化していっているんだなという気付きです。外山さんの主張全般の背景にあることですが、人間の認知には限界があるので、脳はいらないと判断したものを忘れたりします。なのでできるだけコンパクトの情報を持とうとするがゆえに抽象化してフォルダをつくるということなんだと思います。そのほうが脳はエネルギーを使わなくて済むので楽。このあたりは昨今の行動経済学の研究にもつながりますね。
ものごとを抽象化するという点は、まさに思考の整理。ぜひ『具体と抽象』という本もご参考ください。メタ化、メタ認知の方法がよくわかりますよ。
捨てることで整理する
知識は飽和していくので、意識的に捨てましょうという話です。
例えば就職の話を例にしてみましょう。大学を卒業し、新卒として入社したAさん。就職した会社ではPCを利用してexcelやpowerpointを使うことになったけれど、これまで経験がありません(いまの20代は驚くほどスマホ世代であり、PCスキルがない人も多い)。でもみっちりと研修があり、飛躍的にスキルが上昇し、僅か半年後にはマクロまで覚え、業務上では支障がないくらいには使えるようにはなりました。
ところがこれ以上知識を得ても、生産性があがらない状態に達してしまいました。これが飽和状態。
もちろん、何かに使えればどんどん知識を得ていくのはいいのですが、不要な学習は避けたいところ。ここまでくると逆にそぎ落としていくことが求められます。
「これはもういらない!」と、思い切って捨てることはできます。しかし、本当に捨てていい情報なのかどうかは疑わしい。外山さんは捨てる前に、しっかりと考えてから捨てようと言っています。コンマリ風に言えば「ときめくか、ときめかないか」で捨てるか捨てないかを判断しようって感じしょうか。
でもそうは言っても捨てるって難しい。なるべく捨てるくらいの飽和にならないように、うまく「寝かせる」「抽象化する」「忘れる」というプロセスを踏みたいものです。
創造的活動こそ人間にしかできない思考
外山さんが『思考の整理学』を書いたのが、1983年。私が生まれる前。このころコンピュータの可能性ってどこまで想像できたんでしょう。
最後の締めくくりは「コンピュータに仕事を奪われていく人間がこれからどうしていくのか」という話に及んでいます。今、AIの進化の話で議論されるようなことと全く同じことを書かれています。コンピュータに「奪われる仕事」と捉えるのか「任せる仕事」と捉えるのかは人間ですし、そうして生まれた余白を何に使い、この時代にどう変化していくのかを考えるのも人間。
こうした主張を1983年にしているあたり、外山さんはなるほど、メタ認知ができているわけですね。2016年のベストセラー『LIFE SHIFT』でリンダ・グラッドンは、人生100年時代において、人は「教育・仕事・引退」という3ステージから、もっと多様なマルチステージに移行すると言っています。30年以上を経てようやく私たちの認識がアップデートしていることを実感します。
本書『思考の整理学』が長期にわたり読まれているのは、こうした普遍的な内容がまとまっているからなのでしょう。
本の目次
- Ⅰ
- グライダー
- 不幸な逆説
- 朝飯前
- Ⅱ
- 醗酵
- 寝させる
- カクテル
- エディターシップ
- 触媒
- アナロジー
- セレンディピティ
- Ⅲ
- 情報の”メタ”化
- スクラップ
- カード・ノート
- つんどく法
- 手帳とノート
- メタ・ノート
- Ⅳ
- 整理
- 忘却のさまざま
- 時の試練
- すてる
- とにかく書いてみる
- テーマと題名
- ホメテヤラネバ
- Ⅴ
- しゃべる
- 談笑の間
- 垣根を越えて
- 三中・三上
- 知恵
- ことわざの世界
- Ⅵ
- 第一次的現実
- 既知・未知
- 拡散と収斂
- コンピューター