私が10代前半のころ、『真・三国無双2』というコーエーのゲームが流行りました。私も例外ではなくすぐにシミュレーションゲームの三国志シリーズにも手を出したんです。そこから中国の歴史に興味を持つようになり、陳舜臣、宮城谷昌光といった作家の小説、果ては田中芳樹の『中国武将列伝』というような本も読み、中国史にどっぷりつかりました。そんな私がつい粋がって『孫氏』に手を出すまでに時間は要しませんでした。
得てして身の丈に合っていないものを読むと、得られるものが全くない結果になります。当時の私もそうでした。ただなんかカッコいいフレーズもあるので厨二心をくすぐる要素はありました。…が、この時は何も行動に影響を与えることもありません。活用の場面が想像できていないからです。
翻って、そこそこ場数も踏み、組織を束ねる環境になり今の私が『孫氏』を見返すと、全く別物を読んでいる気分になるのです。読みながら情景が浮かんできます。
名著と言われるもの、なかでも古来より読み継がれてきたものは、時代を超えた汎用性があるんだと思います。兵法書として多くの読まれてきた『孫氏』も然り。その内容は具体的ではなく抽象的。いや、各論もあるので具体的ともいえるのですが、誰が読んでもそれぞれが想い描くシーンがバラバラになるような、そんな書かれ方をしています。孫氏の実体験から語られているはずが、人物名も地名もなく、抽象化されているんです。
きっと読むたびに味わいが違うと思います。
そしてまとめようとしたらダメなやつです(^^;
ポリシーに反しますが、この本は都度都度、刺さる部分をじっくり読んで噛み締めてください。
著者
著者は孫氏、とされています。でも「孫氏曰く」つまり「孫先生が言うには」とあるので、まとめたのは弟子なんじゃないかなと思うんですけどね。
孫氏というと孫武(そんぶ)という人物とされていたのが、孫臏(そんぴん)という人物も孫氏と呼ばれていて、ではないかと言う説も出ていました。それが最近では前漢の頃の墓から出土した竹簡資料によって、孫臏には孫臏の兵法書があり、それよりも古い孫氏の教えが存在するほうが自然だという考え方になっている模様です。
孫武と言うと、古文の教科書で出てきがちな闔閭と伍子胥(復讐を果たして「死体に鞭打つ」の語源になった人)らへんの人物です。その伍子胥が孫氏の兵法書を闔閭に献上し、呉の国に孫武を招いたんだそうです。
本の要約
概要
・中国最古の兵法書
・総論から各論まで網羅されている
・3つの特色がある
-好戦的ではない(戦わずして勝つことが最上)
-現実主義である
-主導権を握ることの重要性を説く
1.計篇
兵とは国の大事なり。戦う前によく考えること。
2.作戦篇
兵は勝つ尊ぶ。久しきを貴ばず。戦争は長引かせてはならない。
3.謀攻篇
彼を知り己を知れば百戦危うからず。
4.軍形篇
善く戦う者は勝ち易きに勝つ。勝敗は相手次第。
5.兵勢篇
善く戦う者は勢に求め人に責めず。みんなで力を発揮すること。
6.虚実篇
兵の形は実を避けて虚を撃つ。人に致して致されないこと。主導権を握ること。
7.軍争篇
風林火山陰雷。迂直の計を使うべし。
8.九変篇
戦争でとるべき9つの処置がある(高い丘の敵は攻めるな、など)
9.行軍篇
兵は多いことを益としない。恩徳でなつけ刑罰で統制すること。
10.地形篇
将は土地の道理を知っておく責務がある。兵士を赤子のように扱うことでともに進める。
11.九地篇
呉越同舟。一体になるには目的を同じにする。
12.火攻篇
同じ火を使うにしても、状況や環境に応じて使い方は変える。
13.用間篇
情報は重要である。間者に金を惜しまないこと。
本の解説と感想
本の構成は、最初の「計篇」が総論と言った感じ。解説には「作戦篇」「謀攻篇」を含めて総論のようなことが書いてありましたが、この2つの篇もすでに戦争に入っていると言えるので「九地篇」までがもうワンセット。あとは大事なんだけど流れが分かりにくい「火攻篇」と、スパイ活動について書かれる「用間篇」に大枠で分かれます。
それぞれの章ごとに奥深い孫氏のお言葉があるわけですが、私なんかの孫氏童貞からするとなんでこの話今ここでしてるの?というのがあったりします。きっと何度も読めば意味が分かってくるんだろうなとは思いますが…
なので、私が読んで得られたものがあったなとか納得感のあったものを抜粋したいと思います。
戦う前によく考えましょう
「兵とは国の大事なり。死生の地、存亡の道、察せざるべからざるなり」
孫氏
いきなりの名文。兵=戦争というものは、国にとって民の生き死にを左右するし、国として存続するか滅亡するかの分かれ目になるかもしれないので、メチャクチャ重要なことですよ、と言っています。
兵法書なのに!なるべく戦争なんてしない方がいい、慎重になれ、戦わないで済む方法を考えようよと言っているんです。
孫氏が生きた時代背景を考えると、よくぞこんなことが言えたなと思っちゃいますよね。当時は戦争をしないなんて考えられない時代です。攻めなければ攻められるというのが当たり前の思考。内部であっても謀殺などが絶えないような時代です。
孫武の君主である闔閭は、その時代で覇権に近づいた春秋五覇の一人に挙げられることがあります。そんな君主だからこそ、この非好戦的な兵法が採用されたのかもしれませんね。
情報は大事なのでお金は惜しまないこと
孫氏のなかでは「相手のことを知る」または「場の環境を知る」ということが戦争にとって重要だとしきりに語られています。
何当たり前のことを言っているんだと思うかもしれませんが、2000年の時が流れようと、いかに人と組織が変わっていないかを象徴するような主張だなと思います。
孫氏は用間篇で、スパイには相応の報酬を積むことを推しています。現代でも外交、ビジネス、果ては個人間の交流など情報を制したほうが圧倒的に優位に立ちます。もし、この情報をもたらしてくれるスパイに裏切られたら怪しい情報を吹き込まれて、逆に窮地に立たされる可能性だってあるわけです。
2000年以上も前からそれを体系立てていたとするなら、まさに普遍の原理。
孫氏が説く、「勝ちやすきに勝つ」であったり、「人に致して、致されるな」という言葉も、そうなるためには情報がないことには始まらないのです。
『孫氏』に書かれている教えは全て普遍的だからこそ、今の世にも読み継がれるんですね。