『HARD THINGS(ハードシングス)』は、ベン・ホロウィッツの自伝的なビジネス書。簡単にいうと「私を見て学びなさい!」的な本。ハードシングスとは「困難な局面」という意味で、一般的なビジネス書のように構造化されてまとまっているものではなく、著者の人生のなかでの困難を語っています。
前半の3章がベン・ホロウィッツ自身が経験した困難な局面の数々が描かれたストーリーで、後半4章からは彼がその経験から得た教訓を書いています。前半部分は自伝のようなものなので要約には向いてないんですよね。でも、どんなことが書いてあるのかがわかるだけでも読み進めやすいのかと思います。
彼のHARD THINGSは、10年くらいずっと続いているので、よく精神と身体が耐えられたなというのが感想ですが…
著者であるベン・ホロウィッツは、「世のなかの自己啓発書は多いけれど、本当に困難な局面についてのことは書いていない」と言っていて。その一つが、レイオフを「どのように」実行するのか。全社員に平等に伝え、それぞれ理解してもらわないと残った社員に不信感が残るというのは、そうかもと思いました。実際にその場面が来ないことを祈るばかりです…
ちなみに『1兆ドルコーチ』のビル・キャンベルがベン・ホロウィッツにとてもいいアドバイスをしていて、そのコーチ具合もよくわかります。本書のなかで、リーダーのタイプが書かれているところがあるのですが、ビル・キャンベル、スティーブ・ジョブス、そしてアンドリュー・グローブ(『HIGH OUTPUT MANAGEMENT』の著者)の3人を挙げて分類していました。最近になってようやくビル・キャンベルのすごさが分かってきた気がします笑
本の概要と要約
著者の課題
マネジメントに関する自己啓発書を多く読んで「なるほど」と思うが、「本当に難しいのはそこじゃない」と感じ続けてきた。
解決方法
マニュアルなんてないので、私(ベン・ホロウィッツ)が直面したHARDTHINGSを語り、そこから教訓を得てほしい。
メッセージ
「人生は悪戦苦闘するもの」
-苦闘は失敗ではないが失敗を起こさせる、弱っているときは必ず。
-しかし偉大な起業家も苦闘に取り組み、困難に乗り越えてきた。
・困難な問題を解決する唯一の方法はない
・ベンの経験
-Netscapeで華々しく上場するもマイクロソフトの猛攻により株価急落、窮地に
-ドットコムバブルが崩壊し資金調達が困難に
-そうこうしてると妻が呼吸停止で病院に
-ライバル会社が倒産
-最大顧客も倒産
-ナスダックから1株ドル円に戻さないと上場廃止の可能性あると通告される
-3度のリストラ
-事業売却先で売上の90%占める取引先から契約解除と返金要求
-最終的に1株14.25ドルにさせ、16.5億ドルで会社を売ることができた
・ベンが得た教訓
-ありのままを従業員に伝える
-困難に取り組む頭脳は多いほうがいい
-悪いことのほうが従業員は知っている
-解雇にも正しい方法がある
-先送りしない
-理由を明確にする
-全社員に説明する
-会社を売却すべきかどうかの問い
-潜在市場は1桁大きくなるか
-ナンバー1になれるか
-上記の問いに「イエス」と答えられるのであれば売るべきではない
-CEOはやるべきことに集中する
-平時のCEOと戦時のCEOは違う
-怖じけ付かず投げ出さない
HARD THINGS(ハードシングス)の意味とは?
ハード・シングスとは、「困難な局面」という意味です。
本書、『HARD THINGS(ハードシングス)』は、起業家であり現在はベンチャーキャピタリストであるベン・ホロウィッツ(Ben Horowitz)がこれまでに経験してきた体験と、そこから得た教訓をまとめたもの。もともとブログでその教訓を発信していましたが、「教訓を得た背景を教えてほしい」という要望にこたえる形で本として公開するに至ったとのことです。
ということで、本書は具体的なハードシングス(困難な局面)への汎用的な対処法は書かれておらず、ホロウィッツ自身が直面した困難と、それをどう乗り越えたかが語られています。
著者: ベン・ホロウィッツ(Ben Horowitz)
著者はベン・ホロウィッツ(Ben Horowitz)です。本書では著者のネットスケープ以降に立ち上げたオプスウェア社を売却するまでのストーリーが語られており、詳しくはそちらに譲りますが、簡単に記載します。
インターネットの黎明期、マイクロソフトのインターネットエクスプローラー(IE)よりも先にウェブブラウザでマーケットシェアをとっていたのがNetscape Navigator。そのネットスケープでプロダクトマネージャーとして就任してから波乱万丈な人生が始まります。
ネットスケープがAOLに買収されてから1年後には、本書の出来事の中心となるラウドクラウドを設立。コア事業をEDS社に売却してオプスウェアとして新たに活動し、最終的に16億ドルで売却。
その後は、ネットスケープ以来のビジネスパートナーであるアンドリーセンと、シリコンバレー拠点のベンチャーキャピタル「アンドリーセン・ホロウィッツ(Andreessen Horowitz、略して「a16z」らしい。なぜ?)」の共同創業者兼ゼネラルパートナーとして活躍。本書を書くベースにもなったbhorowitz.comはこれまで1000万人近い人に読まれているそうです。
本の解説と感想(レビュー)
異なった視点を持つ
1章はベン・ホロウィッツの価値観形成の過程が垣間見える内容ですが、ここで彼が得ている教訓が「全く異なるものの見方」があり、それによって結果が変わるというもの。
とても印象的だったのは一番最初のエピソード。ベン・ホロウィッツの子供時代、兄の友達から少し遠くで遊んでいるアフリカ系の同い年くらいの子に「ニガーめ!(黒人へのヘイト)」と言って来いと命令されたというものです。幼いころは1~2年だけでも年長であれば、とても逆らうことなんてできず恐ろしい存在ですよね。ホロウィッツは結局、そばまで行くものの何を話していいか分からないまま、普通にその子と話を会話を始めます(気づくと命令した男の子はすでにいなくなっていた)。もしここで本当に「ニガーめ!」なんて言っていたらどうなったんでしょう。ホロウィッツは、いまその時に話しかけた子その人であるジョエルと親友なのだそうです。
もうひとつ、将来の奥さんにあたる女性(フェリシア)と、ブラインドデートの約束をしたというエピソードがあります。約束の時間もなくようやく連絡がついて彼女が言った言葉は「遅いし疲れている」。このときホロウィッツは彼女の良心に訴えるように(少し嫌味っぽいきがするのですが…)「遅くなったのは君のせいだし、嫌なヤツという印象になるぜ」という返しをします。そしてフェリシアはその後にホロウィッツの前に現れます。このとき、もしホロウィッツが彼女が出てくるように促さなければ、結婚の可能性なんてまるでなかったわけです。
ここで得られた示唆は、行動の仕方によって未来が変わるといこと。物事を全く別の視点で捉えたときに全く違う未来があるということは、困難に直面しても、投げ出さずに最後まで可能性を信じれば最悪の未来は避けられるということではないでしょうか。
ネットスケープの新規株式公開
Netscape(ネットスケープ)という名称は知っていても、この会社のネットスケープ・ナビゲーターとか使ったことが全くないです。1994~95年というと私は10歳くらい。windows95のお祭り感は覚えているんですけどね。とても不思議な感覚でした。そしてその裏でこのような覇権争いがなされていたとは…
と言いつつ、この頃の話は本を読んだりして表面的なことはある程度、知っていたりします。当時ブラウザ市場はモザイクが支配していたそうですが(もともとアンドリーセンがここでシェア拡大させた)、モザイクのブラウザを超えるプログラムを開発して無償で普及させたのでブラウザ市場の地図がネットスケープに塗り替えられました。その後、競合となるのがマイクロソフトで、革新的OSであるwindows95にインターネット・エクスプローラーが組み込まれることによって、ネットスケープの立場が一気に危うくなるのです。
裏話として、実はマイクロソフト参入前の競合として「スパイグラス」という会社があったのですが、ここはプログラムのソースコードをライセンス販売するという戦略をとり、このライセンシーの一つがマイクロソフトという構図になっていました。つまりマイクロソフト単体でインターネットエクスプローラーができているわけではないということです。
そう考えると、今にして思えばスパイグラス社の価値ってメチャクチャすごかったわけです。その価値に気が付いている人がいれば、スパイグラス社はとても優位な立場にあったはずなのですが、そんな気配はなかったのでプロダクトの将来価値というのは誰にも分からないんでしょうね。
何が言いたいかと言うと、おそらくネットスケープがマイクロソフトの脅威に対抗できたとしたら、このタイミングでスパイグラス社を買収するくらいしか打ち手はなかった。そういうオプションが当時考えられていたかは分からないのですが、これも「異なった視点を持つ」という教訓に基づく私なりの見解です。スパイグラス社の当時の時価総額は5400万ドルくらい? ネットスケープの上場当時の時価総額は30億ドルと本書に書いてありますから(終値58ドル)、これをどう考えるかですね。
本編の内容に戻ると、やはり上場させたばかりのCEOで、いきなり脅威(マイクロソフト)が生まれるというは焦りしかないですよね。株価も急落してるなか精神状態を保つのも困難だったんでしょう。CEOのアンドリーセンがマイクロソフトへの対抗の言ってであるソフトウェアの情報を戦略的な発表の前に公表してしまうというトラブルに見舞われます。
このことでメールで罵詈雑言の大ゲンカをしたそうなのですが、二人は今日に至るまでずっとパートナーであり続け「アンドリーセン・ホロウィッツ」というVCを経営してる。
ここからホロウィッツが得た示唆はベンチャー経営陣の距離感。「ビジネスパートナーは、お互いに批判が厳しすぎて嫌い合うようになってしまうか、互いの意見を気に留めずパートナーであることに意味がなくなってしまうかしがち」と書いていますが、二人はその絶妙な距離感を保っている模様。
ラウドクラウドの創設
ネットスケープをAOLに売却した後、ホロウィッツとアンドリーセンは、クラウド・コンピューティングを事業とするラウドクラウド社を立ち上げます。1999年頃らしいので、時代先取りすぎですね。どんどん資金をつぎ込んだそうです。
しかし、ドットコムバブルの崩壊によって資金調達が困難になります。なぜならラウドクラウドの顧客の大半がドットコム企業だったから…ちなみにラウドクラウドには、あの『1兆ドルコーチ』ビル・キャンベルが取締役に入っていたそうです。
もうとにかくお金がない状態。資金調達するにはIPOという選択があるものの、株式を併合しなければならないため価値が相当下がる。ラウドクラウドに参画していた従業員はストックオプションで株を持っていて、空想の儲けに勤しんでいた人たちもいたので大反発。
そしてここから怒涛のHARD THINGS(ハードシングス)。
まず、奥さんが呼吸困難で倒れてしまいます。ドットコムバブルはヤフーCEOのクーグルが辞任しどん底の気配。業績の下方修正により、出費予測も下がるのでレイオフしなければならない。競合だったエクソダス社が破産。
このような環境のなか、「やるべきことに集中しろ」という家族がいたから、HARD THINGSを乗り越えられたのでしょう。
倒産目前のなかでホロウィッツは問いをたてます。素晴らしい問いです。
もし倒産したら、私は何をするだろうか。
『HARD THINGS』p60
これに対し、
ラウドクラウドで動作しているソフトウェア、オプスウェアを残存資産から私が買い上げ、新しいソフトウェア会社を興す。
『HARD THINGS』p60
と答え、さらに
倒産せずにそれをやる方法はあるのか?
『HARD THINGS』p60
と問いかけます。これによって、ホロウィッツはオキサイドというプロジェクトを立ち上げ、ソフトウェアの切り離しにかかり、最終的にラウドクラウドを事業売却し、オプスウェアとして生き残りを図りました。
レイオフこそ本当に困難
私は会社勤めで、経営者との距離感もある程度近い立場にいます。ときおり感じるのは、従業員の生活を支えるという責任をお持ちだということ。この1点だけについては全く揺らぎがありません。素晴らしいと思います。
日本企業以外に勤めたことがないので海外の就労や雇用に対するイメージが分からないのですが、レイオフという言葉は頻繁に耳にします。一時解雇という理解ですが、本書で書かれているのはただの解雇な気がしています…
経営者にとって、ともに明日をみた従業員や幹部を解雇するのは最大の苦痛なのではないでしょうか。ベンチャーである限り働き手もリスクは承知かもしれませんが、身を削る想いなのでしょう。倒産するより苦しい。なぜなら、「あなたは残って」「あなたは明日から来ないで」という選別なので。
レイオフに関してのホロウィッツの教訓は、次の項で語りたいと思います。
ベン・ホロウィッツの教訓
5章のタイトルに「人、製品、利益を大切にする――この順番で」とあるのですが、ホロウィッツが自身の経験から得た教訓は、全体を通して「人」にフォーカスした内容が多いなと思いました。
例えば「CEOはありのままを語るべき」というものは、色々考えさせられます。従業員というのは、どこかしらからか情報を得てそれが勝手に伝播していきます。しかも悪いニュースこそより一層早く伝わり、おそらく真実も嘘も混ざったような状態で伝わるわけです。なので、CEOは事実をしっかり伝えることを心がけましょうというもの。変にポジティブなことだけで取り繕うとすると、信頼を失うことにもなるというのが教えです。
それから、人を正しく解雇する方法についてもしっかりと気にしていきたいと思います。私は経営者ではないですが、ホロウィッツいわくマネージャーが解雇を伝えるので、マネージャーへの教育も必要なのだそうです。レイオフは情に流されてはいけませんが、情に流されるのが人間です。それを乗り越えるには未来を見据えるということ。実行にあたっては下手に長続きさせずに、短期間でおさめたほうがい。それから全社員に「誰が解雇され、誰が残るのか」を話せるようになる必要があるとのこと。
まとめ
HARD THINGS(ハード・シングス)は、人ぞれぞれに存在するものの、具体的な内容は同じものはないと言っていいくらい多様なものです。とはいえ同じようなパターンと言うものが存在します。ホロウィッツの経験がすごすぎて、なかなか私のようなサラリーマンの困難と一緒くたにしてもいいのかは甚だ疑問ではありますが、マネージャーやリーダーの在り方としても学べるところがたくさんありました。
ハードシングスの事例
本書には無関係ですが、小さなスタートアップから大企業まで、ハードシングスは世の中に多いものだと思います。最近思い当たる事例を挙げてみます。
米国
facebook(Meta)
インスタグラムを買収して複数の大規模SNSを保有するメタ社でしたが、facebookは若年層の利用拡大が詰まり、広告事業に陰りが差し始めました。そこでザッカーバーグ氏はメタバース事業に振り切ることを宣言するかのように社名を「Meta」に変更。資源を集中します。そして今は生成AIの大規模言語モデルの開発。もとの広告事業が苦戦する中で目まぐるしさが目立ちます。
イーロン・マスクによる買収劇とその後のバタバタが、ハードシングスに当てはまるのかどうか分からないくらいぶっ飛んでいますね。イーロンにとってはハードシングスではないのかもしれませんが、Twitterというサービスにとってはハードシングスでしょう。多くの社員が解雇されるなどし、BtoBで繋がっていた人たちとも連絡が途絶えるなど混乱がありました。この結果は1~2年で見えてくるのでしょうか。
日本
スマートニュース
2022年後半に訪れた未上場ベンチャーの評価額の見直し。大きな資本を入れつつも、大きな赤字を続けて業容拡大している企業ほどつらい状況です。スマートニュースはユニコーン企業となっていますが、米国の人員を大幅にリストラするという報道がありました。
グッドパッチ
国内ベンチャー界隈で有名な話としてグッドパッチのハードシングスがあります。それはもう組織崩壊とも言えるほどに。50名の従業員から翌年100名に膨らむと、マネジメントが追い付かず離職率は40%に。その間に経営層への批判があり、Slackではオープンな発言がなくなり、クローズドに悪口が書き込まれるという事態に。
【ネットプロテクションズ×グッドパッチ】高成長ベンチャーの“ハードシングス対決”!?「壮絶過ぎる組織崩壊」を聞く【連載 FastGrow Conference 2021】| FastGrow
本の目次
本書の構成は、1章~3章までがベン・ホロウィッツ氏がオプスウェアをHPに売却するまでの「HARD THINGS」が生々しく描かれている。4章以降かその経験から得られた「教訓」がまとめられている。4章以降は逆引きのような感覚で、気になったところを読むのがいいのではないかと思います。
- 第1章 妻のフェリシア、パートナーのマークアンドリーセンと出会う
- 第2章 生き残ってやる
- 第3章 直感を信じる
- 第4章 物事がうまくいかなくなるとき
- 悪戦苦闘
- CEOはありのままを語るべき
- 人を正しく解雇する方法
- 幹部を解雇する準備
- 親友を降格させるとき
- 敗者が口にするウソ
- 鉛の弾丸を大量に使う
- やるべきことに集中する
- 第5章 人、製品、利益を大切にする――この順番で
- 働きやすい場所をつくる
- なぜ部下を教育すべきなのか
- 友達の会社から採用してもよいか
- 大企業の幹部が小さな会社で活躍できない理由
- 幹部の採用――未経験の仕事でも適任者を見つける
- 社員がマネージャーを誤解するとき
- 経営的負債
- 経営の品質管理
- 第6章 事業継続に必要な要素
- 社内政治を最小限に
- 正しい野心
- 肩書と昇進
- 優秀な人材が最悪の社員になる場合
- 経験ある大人
- 個人面談
- 自分自身の企業文化を構築する
- 会社を急速に拡大(スケーリング)させる秘訣
- 成長期待の誤り
- 第7章 やるべきことに全力で集中する
- CEOとしてもっとも困難なスキル
- 恐怖と勇気は紙一重
- 「ワン」型CEOと「ツー」型CEO
- リーダーに続け
- 平時のCEOと戦時のCEO
- 自信をCEOとして鍛える
- CEOを評価する
- 第8章 起業家のための第一法則――困難な問題を解決する方法はない
- 責任追及と創造性のパラドックス
- 対立部門の責任者を入れ替える
- 最高を維持する
- 会社を売却すべきか
- 第9章 わが人生の始まりの終わり