インサイト、セルフアウェアネス、内省、マインドフルネス、レジリエンス。こういった言葉は何かワーディングだけでイケてる感が出てきて、人と違う抜きんでた存在、エリートになりたいという願望がある私たちにはとっても魅惑的です。
なんだか同じような気もする「自分を知る」「立ち返る」というようなことについて、少し考えてみたいと思います。
「自分を知る」「他人を知る」という考え方は大昔、孫氏の時代から変わっていないような気がします。「彼を知り己を知れば…」という戦略の基礎は、『孫氏』の内容から見れば自国と他国の戦いの話ですが、非常にプライベートな人間関係においても当てはめることができます。
誰か好きな人に告白しようとしたら、相手のことを知らずに無策に行くよりも相手の好みや考え方に対し、果たして自分はどうなのかを見つめ、アプローチをしていきます。相手が自分い対して好意を抱いている場合と、嫌っている場合、そもそも認識されていない場合とでは全然違いますよね。
つまり「自分を知る」ということは、次へアクションするためによりよい選択をするための手段ということになります。本書『insight』でも、著者であるターシャ・ユーリック氏もそう述べています。
なので、基本的に大きな方向性は変わっていないにも関わらず、「自分を知るにはどうすればよいのか」という問いに対して、新しい解がたくさんでてきているんですね。
『insight』では、ターシャ・ユーリック氏が数々の成功者たち(それもかなりエグゼクティブ)のコーチングをされているので、そのコーチング前と後での差、すでに成功している人の自己認識とはどういうものなのかを経験に基づきまとめているものです。なかでも現代人が抱える困難は「自分教というカルト」と表現されている、自己尊重の傾向による外的自己認識の障害です。これは難しい問題で、多様性が尊重される現代においては必要以上の優しさで守られているのかもしれません。
自己認識というのは誰もが大切だと思っているけど、それができない繰り返しになっているのは何か本能的な何かがあるんでしょうかね。
本の概要と要約
問題提起
ダニエル・ゴールマンのが提唱したEQ(心の知能指数)が、トラヴィス・ブラッドベリーが『EQ2.0』が語るには、世界で全体的に向上しているという。しかし、著者は実際とは大きくギャップしているように思えると警鐘を鳴らす。ブラッドベリ―の調査は自己評価なので、あなたの周囲にいるEQが低そ
著者の提案
「自分の考える自分」と「他人が考える自分」を正しく認識することで、より賢明な選択肢を選ぶことができ、いい人生を送れるようになるだろう。
内容は?
自己認識は2つに分けられる。「内的自己認識」と「外的自己認識」だ。
①内的自己認識
よく内省と混同されるが、内省は考えるツールであり、知るツールではない。内的自己認識では、どう前進させていくことができるかを考えるもの。その方法として、例えば過去の自分のストーリーを振り返ってみたり、「なぜ」ではなく「どんな/何」に焦点を当てることで考えることができる。
②外的自己認識
フィードバックにも限界がある。マム効果というのがあるが、表では「いいね!」とほめても裏では友人と批判をしていたりすることだってある。これを克服するには、360度評価や食事をしながら雑談のように話をしたりする方法がある。また、本当に私のことを考えてくれるフィードバックするのに適切な人を見定めることが大事である。
しかし、自己認識には障害がある。
厳しい現実に目を向けなかったり、自分は全く大丈夫だという自己欺瞞、そして「自分教」という自分の価値観が最も優れているというカルト的宗教の呪縛。さらに思いもよらないフィードバックによってショックを受けてしまい身動きが取れなくなるなど。フィードバックは、まずはそういう見方もあるのかと受け止め、向き合い、行動していくことが求められる。
インサイトをチームや組織に応用するには、リーダーが重要な役割を果たす。まずはリーダーが手本を見せること。そしてなんでも言い合えることができる心理的安全性を確保する場を作ること、なによりも一過性ではなく継続的に取り組みこと
insight(インサイト)とは
『insight いまの自分を正しく知り、仕事と人生を劇的に変える自己認識の力』は、ターシャ・ユーリック氏の著書。英治出版から刊行されている。
「自己認識は20世紀のメタスキルだ」とし、現代の世界において大切な「心の知能指数」「共感力」「影響力」「説得力」「コミュニケーション力」「協調力」などがすべて自己認識がもとになっていると主張する。
本書では、まず自己認識の基礎を解説し、盲点となるものをあぶり出し、内的自己認識と外的自己認識の2つのアプローチから自己認識の力を養うヒントを提案している。
著者
著者のターシャ・ユーリック氏は、組織心理学者でニューヨーク・タイムズのベストセラー作家。コーチングのスペシャリストで数々のエグゼクティブの自己認識を向上させ成功に導いてきたそうです。2019年には世界の経営思想家ランキング「Thinker50」でコーチングにおける世界のリーダートップ50に選出されました。
TED×MileHighでのスピーチがありますので掲載しておきます。
本の解説と感想
EQが向上してるってホント?
EQをご存知でしょうか。Emotional Intelligence Quotientの略で、心の知能指数と訳されています。自分あるいは他人の感情を知覚したり、自分の感情をコントロールする知能のことを指すものです。自己認識とはまさにここに通じるものですが、『EQ2.0』という著書でトラヴィス・ブラッドベリー氏は現在世界ではEQが全体的に上がってきていると論じています。
これに待ったをかけたのが『insight』の著者ターシャ・ユーリック氏です。
組織心理学者として働く私の経験は、ブラッドベリーの発見にそぐうものではなかった。少なくとも見聞きした範囲では、EGの低さに端を発した問題が、近年減少どころか増加しているように感じていた。
『insight』p19
多くのリーダーのコーチングをしてきた自分の経験との乖離があったそうです。そして何に引っ掛かったかと言うと、ブラッドベリ―の調査が調査した人びと本人の「自己評価」であったこと。
さて、想像してみてください。あなたが知る中で最も知能指数が悪い人が、「心の知能指数を自己評価してください」と聞いたらなんと答えるか。うーん、答えは容易に想像できますね。
そしてターシャ・ユーリック氏はこう嘆いています。
EQの上昇に見えたものは、自己認識の低下を意味している可能性が高いのだ。
『insight』p19
インサイトを支える7つ柱
自己認識ができる人が持っているという要素を「7つの柱」として解説しています。この7つ柱を見つめることで、その人にとって最良の人生の選択ができるようになります。
①価値観
「自分が送りたい人生の行動指針」と表現されています。一番重要な要素と言えそうです。例えばベンジャミン・フランクリンは価値観を達成するものとして13の指針を設定していたそうです。それを毎日できたのかできなかったのかの印をつけ、自分の価値観にどのくらい反映されるものだったのかを確認していたそうです。
②情熱
愛を持って行うものだそうです。ある男性の例では、ずっとなりたかった建築家になったものの、気疲れや退屈が生じていたそうです。あるとき、自分のために働く限りは幸せになれないと気づいて、建築ではなくコンサル会社でアーティストや起業家のビジネスをデザインする手助けをする転職をしたそうです。
③願望
本当は人生に何を求めているのか、という問いかけでもあります。ある起業家は成功を収めたのに心が満たされなかったことから「この惑星に自分が存在する理由は何か?」と自分に問いかけたそうです。本当に実現したいことが浮かび上がりました。
④フィット
自分が幸せで存分に尽くせる環境は何かを問い、身を置く場所を決めることです。ある銀行員は「仲間や顧客と長期の関係でいたい」と望んでいるのに、上司は結論を急ぎ、同僚とは競争ばかり。この環境から脱し、顧客重視の会社で熱意をもって仕事ができるほうが、その人にとって素晴らしい選択肢になります。
⑤パターン
あらゆる状況で見られる思考、感情、行動の一貫傾向のことです。
例えば見知らぬ土地で荷物を預けるとに不安を覚える人がいたら、その不安はその場限りのことではないはずです。自分のパターンに気づくと対応策を事前に考えることができ、状況をコントロールできるようになります。
⑥リアクション
自分の力量を物語る思考、感情、行動のことです。
これに目を向けると短所の改善や長所の発見をすることができます。例えば怒りによって言い方がきつくなることがあるとします。その自己認識があれば、一呼吸おいて言い方を変えれば円滑に進めることができるかもしれません。
⑦インパクト
自分の行動が周りにどう影響を与えるか、というものです。
これはリーダーにとってとても重要です。リーダーの言動や行動は誰もが注目します。それによってフォロワーも変化するでしょう。インパクトに気が付くには、他人の視点を持つことが近道です。あるフライトがキャンセルになったとき、スタッフがキャンセルされたことを私を含む予定乗客に伝えます。私が怒ったらどう反応するか?スタッフの立場になったらどう思うか?こうした視点を持つようになると、鍛錬になるのではないでしょうか。
自分教というカルトに抗う
「自分教というカルト」って表現がユニークですね。
自分教というのは、近年に見られる現象と説明されています。過去、ユダヤ教であれキリスト教であれ、その価値観はつつましさや謙虚さが良い暮らしとされてきました。18世紀は努力の時代に突入して、勤勉・やる気・不屈というモーレツな行動規範が情勢されていきます。これはまだ集団意識が強く、自己賛美は控える状態でした。ところが20世紀は自尊の時代だとされています。マズローの5段階説のピラミッドに自己実現がありますが、その手前に自己尊重が存在します。これが都合よく解釈され、最高の自分が最高の存在だと思い込んでしまうモードに入ります。
自分教には、「自分が唯一無二で特別な存在で、まわりよりも優れている」「自分の欲求が周りより大切なのだと思わせてくれる」という効用があります。その結果、自分の欠点を無視し、スキルや能力の思い込みが強くなり、失敗してしまうのです。例えばバンドマンが「いつかビッグになるぜ!」というのに似ています。
では、自分教に抗うためにはどうすればいいのでしょうか。ひと言でいうと「謙虚さ」です。
自己陶酔から脱却するには自分から目を逸らさないことです。自分自身の客観的事実を受け入れ、それによって分かった自分を愛しい存在だと思うことで克服できるのではないでしょうか。
内的自己認識
内的自己認識というのは、自分の考える自分です。
面白い部分は、自己認識の手段として内省が挙げられることが多いですよね。本書では「内省で自己認識を生むというのは迷信だよ!」と解説しています。どういうことかというと、内省は「考える」ツールであって「知る」ということではないそうです。そこから何を学び、どう前進できるかを考えるために活用しましょう。
内的自己認識に関する内容で最も印象に残ったのは、「なぜ」の質問についての解説です。
「なぜ」という質問で深掘りしていくのは、自分を追い詰めネガティブになっていき、被害者のメンタリティになっていくというのです。例えば「なぜ生みの親は私を手放したの?」というのは答えも出なければトラウマになる可能性もはらんでいます。
代わりに「なに」を質問のベースにすると、自分が潜在的にもっている好奇心を引き出し、未来志向になります。例えば「この問題に対して、何を感じ、どんな人間になりたい?」と質問したら、責めには感じないですよね。これは発見でした。
外的自己認識
外的自己認識にはフィードバックが大事…なのですが、それにも限界があると述べられています。
フィードバックが大事なのは、自分よりも他人のほうが客観的なので、間違いないことですが、必ずしも真実があるわけではないらしいです。例えば人と面したとき、あまりよくない評価を伝えにくいですよね。気を遣うわけです。
そしてフィードバックを受けることは自己認識に大切ですが、現実逃避をしてしまうという障害もあります。その三本柱が以下です。
①自分はフィードバックを求める必要はない
②フィードバックを求めるべきではない
③フィードバックを求めたくない
あー、なんてありがちな。特に①かな。これが自己欺瞞。手厳しい評価には目をつむりたくなりますよね…
で、外的自己認識を高めるための方法がいくつか提示されています。360度評価は最近、多くの企業でやられていますね。匿名なので厳しい意見も書かれます。それから「適切な人」からフィードバックを受けましょうというアドバイスがあります。自分の行動や目標を良く知らない人にフィードバックを受けてもそれほど参考にはならないですよね。
組織の自己認識を高める
著者はこれまで、エグゼクティブのコーチングを行い、その組織の成長を見てきました。その過程において組織における自己認識についても考察しています。
まず自己認識を持ったチームや組織というのがどういうものなのかというと、
①全員が現実(計画・進捗・難題)を知っている
②全員が自己認識を持っている
というものです。
全員が自己認識を持つというのはなかなかハードルが高い気がしますが、きちんとそれぞれが組織の目的や計画に対する進捗、個々の貢献などを評価する場を設けるのが必要ですね。それこそ内的自己認識と外的自己認識をそれぞれのメンバーごとにやっていく仕組みづくりをするところからスタートです。
そのような組織のリーダーに課せられたものは大きいです。リーダーが手本にならなければならないことは当然として、組織のメンバーそれぞれが言いたいことを正しく言える心理的安全性を確保することも大切です。部下がリーダーに対して忖度なくフィードバックができるかという問題を解決します。
心理的安全性についてとても参考になったのは「弱さを見せる」ということ。完璧なリーダーに誰かツッコミを入れられるのでしょうか。いれないですよね。そして部下も心を打ち明けやすくなる。
まとめ
結局、インサイトと自己認識(セルフアウェアネス)の違いはよくわからなかったのですが、ここで語られているインサイトとは、「自己認識を正しくするための洞察力」ということでしょうか。副題のままですが(^^;
考えてみると、私は本当の自分を知りながらも。認めるのが嫌で変えようとしていません。どれだけ自分に正直になれたら幸せなのだろうかと思います。その障害を抱えている状態にあることが認知できただけでも収穫だったかもしれません。