『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』の書評とサクッと要約|なぜ本当は必要ない仕事があり続けるのか

『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』(デヴィッド・グレーバー 著) ビジネス
ブルシット・ジョブークソどうでもいい仕事の理論(デヴィッド・グレーバー 著)

ブルシットジョブ クソどうでもいい仕事の理論』すごいタイトル。英語原題では”Bullshit Job”で、海外のドラマではたまに出てくる言葉らしいです。もともと「シット・ジョブ」という言葉は、過酷で劣悪な労働条件の仕事という意味らしいのですが、これに「ブル」がつくと欺瞞のニュアンスが付加されるようです。ということで、このタイトルはなかなか言い得て妙。「クソどうでもいい」というのは、「くだらないし、必要ない!」と思っているのに、やっている仕事

私もついこの間まで、「これ自分がいなくてもいいんじゃないか」と思った仕事がたくさんありました。今はその職を離れ、そんな気分からは、かなりの部分が解放されています。おかげで元いた事業部は私がいた頃よりも、よく回っている気がする。実際に事業成績もいい。

とはいえまだまだ、もっとどうでもいい仕事をしているところもある。それは特に上からの命令でやっているものが多いわけで、体裁を整えるためにやっていたり、ガバナンスという名の下にやっている風を装うような仕事です(ブルシットジョブの5類型のなかの、ボックスティッカーというやつかな、詳細は後述)。

本書では、ブルシット・ジョブを生み出すその構造自体がピラミッド型になっていて、経営者から中間管理職にそれが委ねられて複雑化していることが述べられています。「経営管理」という言葉で述べられているのですが、組織化しようと思うと、統制下に置くためにルールを作り、暇をさせないような意図が働いてしまいます。これがよくない…。

本書の問題提起は、まさにその根幹の部分にあります。本当は必要ないと思っているにも関わらず、なぜブルシットジョブが存在してしまっているのか、ということに突っ込んでいってます。これは様々な政治的な問題が起因になっいるんです。政治的と言うと大層な言い方になってしまいますが、例えば企業ごとに見ても政治というのは存在しますよね。

ブルシットジョブの5類型の1つで分かりやすいのが、「取り巻き(フランキー)」という仕事。これは誰かが権力があると思わせるためだけの仕事。これを聞いただけでも無駄がありそうなことは誰にでもわかりますよね…。

他にも5類型は「なるほど」と思うところがたくさんあります。特に中間管理職は「タスクマスター」ということに追われていると思う。タスクマスターは仕事を割り当てるだけの仕事であったり、クソどうでもいい仕事を生み出す仕事を指しています。

皆さんも、本当はやらなくてもいいだろう仕事を生み出してませんか?

ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論
ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論

本の概要と要約

ブルシット・ジョブの問題提起
ブルシット・ジョブの問題提起

著者の課題
膨大な数の人間が本当は必要ないと考えている仕事に就業時間のすべてを費やしているのはなぜか?

解決方法
政策提案者に届かないので問題提起に止める。ただ唯一普遍的ベーシックインカムが社会運動により影響を及ぼせる

ブルシット・ジョブの要約
グラフの満足18%の大きさ間違えました…
ブルシット・ジョブの要約
ブルシット・ジョブがなくならない構造

内容
・ブルシットジョブ現象
 ースラングでよく使われる言葉
 ーブル︰見せかけ、取り繕い
 ーシットジョブ︰労働条件の劣悪な仕事
 ー完璧に無意味で不必要で有害でもある有償の雇用の形態
 ー働いている本人ですら正当化し難い
・あなたは世の中に意味のある仕事をしていますか?
 ーYES と答えたのは63%
 ーNo と答えたのが37%
 ーNo と答えた中での満足している割合は18%
  ー大した仕事もせず高い報酬がもらえると考えている
  ーどこかで正気を保っている
 ー不満を持つ人は19%
  ー人生の学びの大半を仕事で得ている
 ー不必要な仕事をしていると自分でも気が付いている

・ブルシットジョブの5類型
 ー取り巻き(フランキー)
  ー誰かを偉そうに見せる仕事
 ー脅し屋(グーン)
  ー存在を他者の雇用に依存する仕事
 ー尻拭い(ダクトキーパー)
  ー組織の欠陥を解決するための仕事
 ー書類穴埋め(ボックスティッカー)
  ーやってないことをやったと主張するための仕事
 ータスクマスター
  ー仕事を割り当てる仕事
  ーブルシットジョブを作り出す

・なぜブルシットジョブはなくならないのか
 ーケインズの予言
  ーテクノロジーによって労働時間は15時間になる
  ーできるはずが実現していない
 ー余った時間を余暇ではなく消費したいから人々は働くのか?
  ー本質は異なる
  ーサドマゾヒズム的弁証法
   ー仕事が目的や意味を持つものと期待している
   ー仕事をしていない人を批判する
・政治エリート
 ーサドマゾヒズム的な構造が都合がいい
 ー自分達に向かう反感が注目されない
 ー自動化によって大衆が時間を得ることで何をするかわからないから怖い
・ブルシットジョブに陥った人
 ー必要のない仕事だ惨めだと思っている
 ー有益な仕事をしている人に嫉妬している
・有益な労働なのに十分な報酬がない人
 ー仕事に誇りを持っている
 ー魅力的な仕事を独占しているリベラルエリートに反感を持っている
・リベラルエリート
 ーごく一部の人たち
 ー労働に関心がない

・社会運動として今ある中でベーシックインカムが政府の規模や人の生活への侵害を縮小できる

ブルシット・ジョブとは

ブルシット・ジョブ(bullshit jobs)とは、「完璧に無意味で不必要で有害でもある有償の雇用形態」と訳されています。スラング的な言葉ではあるものの、海外のテレビドラマや映画では使われる言葉です。

シット・ジョブ(shit jobs)とは、「大変役に立つ仕事ではあるものの労働条件が劣悪な仕事」という意味。ブル(bull)とは、「見せかけ」や「取り繕い」といった意味があり、これが合わさった「ブルシット・ジョブ」は、嘘や戯言といった欺瞞的ニュアンスを持つような仕事というニュアンスになります。世の中に役に立つ仕事をしている人が低い報酬で働く一方で、自らの仕事が本当は必要がないと思いながら高い報酬を得て仕事をしているフリをしていることを皮肉った新語のようですね。

著者:デヴィッド・グレーバーとは

1961年ニューヨーク生まれ。文化人類学者・アクティビスト。1998年から2007年までイェール大学で人類学の助教および准教授として、 価値の理論や社会理論の研究に従事する。 在職期間中にイェール大学が契約を更新しないと決定した際には、学術界で論争が起こった。2007年から2013年まではロンドン大学ゴールドスミス・カレッジで社会人類学を教えた。2020年9月2日、イタリア・ヴェネツィアの病院で死去。享年59。

●記事
・著者関連記事
「魔神は瓶に戻せない」D・グレーバー、コロナ禍を語る/片岡大右(以文社 2020.5.6)
・翻訳者記事
この世界を維持していくために大切な仕事。 | 『ブルシット・ジョブ』 について学ぼう。 | デヴィッド・グレーバー✕酒井隆史 (ほぼ日刊イトイ新聞 2021.8.24)

本の解説と感想(レビュー)

ブルシット・ジョブ現象

本書の前に、著者のデヴィッド・グレーバーが雑誌に寄稿した『ブルシット・ジョブ現象について』についての考察が序文にまとめられています。

それによれば、テクノロジーの進化によって働く時間が短くなるはずが、いまだに働き続けていて、しかもそれは「本当は必要がない、くだらない仕事」であり、働いている本人も気が付いているのに、いつまでもなくならないという。

1930年頃、ケインズはテクノロジーの進化によって、人間の週の労働時間が15時間になるはずだと予言したそうです。工業や農業の生産に関わる仕事のほとんどが自動化されたはずで、十分に達成可能なのに、達成されていないという。

よく言われる仕事がなくならない理由は、自動化されたことによって増えた余暇時間をサービスを消費することに費やすために新しい雇用を生んでいる、というものですが、著者は異なる視点で解を求めています。労働時間の削減は、管理部門の膨張を生んだというのです。 まるで誰かが、私たちを働かせつづけるために、無意味な仕事を世の中にでっちあげているかのように…。例えるなら、 腕のいい家具職人として雇われたのに、膨大な魚のフライを揚げているようなもの。

こうした現象は社会主義国家でも資本主義国家でも起きており、どうやら経済上の問題ではなく、道徳上・政治上のもののようです。

ブルシット・ジョブとは何だったのか、具体的にしていきましょう。まず、ブルシットではない仕事とは何か。それは看護師であったり、ごみ収集人、整備士など。誰かに求められ、必要な仕事で、社会に貢献している仕事です。ではCEOやロビイスト、広報調査員、テレマーケターがいなかったとしてどんな影響があるでしょうか。困ると言えば困るのかもしれませんが、社会に不可欠なものなのかどうか…。

そうした仕事は不思議と高い報酬を与えられていて「何もしない」支配階級が多いという。そしてブルシット・ジョブに就いている人は、社会的価値が高いとされている本物の仕事(教師、地下鉄労働者)に嫉妬しているという。

「あなたの仕事は世の中に意味のある貢献をしていますか?」というアンケートには、37%が「していない」と回答したという。約4割もの人たちが自分の価値は本当は必要ないと感じているというのです。

ブルシット・ジョブの5類型

1.取り巻き(フランキー)の仕事

取り巻き(フランキー)は、誰かに偉そうな気分を味わわせるだけの仕事です。分かりやすい例で言えば、受付係はその会社が大きくてしっかりとした会社だと思わせる仕事だそうです。

個人的にはやや偏った意見かなとは思いますが、確かに受付係がいなかったとしても、訪問は成り立ちますが…見栄のためかというとそれだけではなさそうです。このあとに説明する書類穴埋め(ボックス・ティッカー)とのかけ合わせなきはします。

そういったもの以外にも、「社長室」とかはフランキーかもしれません。

2.脅し屋(グーン)の仕事

脅し屋(グーン)は、その存在を他者の雇用に全面的に依存している仕事です。…というやや分かりにくい説明だったのですが、一方が存在しなかったら存在しなくてもいい仕事で、例えば国家が軍隊を必要とするのは、他国が軍隊を擁しているからで、誰もが所有しないほうがいいと思っているのに持たざるを得ないもののことを指します。

ロビイストもそうです。例えばオリンピック招致ではロビー活動を各国やっていて、やらなければやった側に持って行かれることは目に見えています。

3.尻拭い(ダクト・テーパー)の仕事

尻拭い(ダクト・テーパー)は、組織に欠陥があるために存在しているに過ぎない仕事です。例えば、定型的に情報が送られてくるデータを手入力する必要があるもの。

これは、自動化などの可能性があるものの費用がかさむなどの理由で欠陥を埋めないことで継続し続けます。費用をかければ…というところは結構重要かなと思っていて、これは利益を高くしなければいけないというバイアスがかかっているからでしょう(本書によく書かれるサドマゾヒズム的な影響も含む)。

もっと直感的には、組織には必要なものかもしれないけど、社会にとって必要なものどうか、自分がやらなければならないことかというと疑問のある仕事ですね。

4.書類穴埋め(ボックス・ティッカー)の仕事

書類穴埋め(ボックス・ティッカー)は、ある組織が実際にはやっていないことをやっていると主張できるようにする仕事です。言ってしまえば、体裁を整えるような仕事でしょうか。

形上だけでもやるような会議というもの、あったりしないでしょうか。一応議論を交わしました、議事録に残しました、というものとか。見栄えがいいだけのプレゼン資料も、単なる箇条書きでは一生懸命練られたものではないように見えてしまうという。

5.タスクマスターの仕事

タスクマスターは、他人へ仕事を割り当てるだけの仕事、または他人のブルシット・ジョブをつくり出す仕事です。経営側により近い職務を創造するとわかりやすいです。会社としてほとんど変わらない戦略ではあるものの、戦略を焼き直しさせるという作業、あるいは書類穴埋めの仕事を正当化させるための事業計画をつくること。

(おまけ)二次的ブルシット・ジョブ

ブルシット・ジョブをサポートしている会社もまた、ブルシット・ジョブかもしれません。例えば脅し屋(グーン)に属する可能性のある広告代理店を営む会社があったとして、その会社の清掃を担っている人たちは、本当は必要のない会社の掃除をしていることになります。さすがに本人たちは「クソどうでもいい」と思って清掃はしていないと思うのですが、もし働き手が、仕事を依頼された会社が社会的に不必要なことに気が付いていた場合は、ブルシットになるかもしれません。

ブルシット・ジョブに陥るとなぜ不幸と感じるのか

ブルシット・ジョブに就くことは、何が問題であるのでしょうか。不必要な仕事に就いている人たちは、惨めな時間を過ごすことになり、それは心を深刻に乱すものだと言います。

この状態に早々に陥ってしまう人は、価値観によるところも多そうです。労働者階級の人が、ブルシット・ジョブに就いてしまった場合、どのように振舞うのか、精神的にどう追い込まれてしまうのかが述べられています。ある労働者階級の男性が、未経験のIT分野で管理業務に就いたのですが、望まれもしない機能を管理をさせられていることに嫌気がさして反抗しようとすると、昇給でその行動を抑えられたそうです。男性はほとんど何もしないのに高額の報酬を手にしているにも関わらず、そうなるとさらに反抗心が湧いてきて心を蝕んでしまったのだとか。

これは彼にとって何のために仕事をするのかという意義や目的が定まらなかったことが大きな原因です。もし、初めから専門職で生計を成り立たせようとしたのなら、今の仕事を踏み台にしてキャリアアップを図ろうと目的意識を持ったかもしれません。ブルシット・ジョブに陥っている人は、その仕事が無目的であるほか、虚偽であるような感覚を覚え、不幸と感じるのです。

私たちの多くは、ある意味でブルシット・ジョブに就く訓練を積んで、ブルシット・ジョブに就いています。学生の頃のアルバイトはそういう面で、ブルシット・ジョブへの対応が鍛えられる経験を積めます。監視下のなかで作業し(タスクマスターのもとで)、低賃金。働いているフリをすることもあれば、どんなに有益なことをしても賃金は上がらない。まるでブルシット・ジョバーの生産拠点。

経営管理は、雇用主側が被雇用者の時間を所有するということ。雇用主は時間に対して賃金を払っているので、余った時間は不必要かもしれない作業をして働かなくてはいけないという圧力が絶えず発生しているのです。例えば、レストランの皿洗いが早く終わればベースボードを掃除する、受付係が次の電話が鳴るまではクリップの色分けをする…など隙間時間の怠惰は許されないのです。

ブルシット・ジョブの影響

ここで、人間の根源的な問題が浮き彫りになります。ブルシット・ジョブに就いている人は、不必要な仕事に就いていることに惨めさを感じていて、それは無目的なものだという一つの解がありましたが、突き詰めていくと他者との連帯性がないことに不安といら立ちを覚えるという問題に行き当たります。

サピエンス全史』では、人間は生き残るために虚構による想像上の共同体を築いてたことが述べられています。それになぞらえれば、人間は他者との交流を求めていることに他なりません。なので、仕事を通して社会との繋がり、共同体に貢献しているという実感が得られたほうが、個人が生き残る可能性がより高まるという本能が働いているのかもしれません。

ここからは、なぜブルシット・ジョブがなくならないのか、というところにも話が入ります。

集団をまとめるために首長や階級というものが生まれましたが、組織の中でつまはじきにされるほど人間にとって生存の脅威になることはありません。集団でいるほうが生き残る可能性が高いのです。

といったこともあり、働いているフリをするということは、「組織のなかでうまくやる」という効用があるように思えます。そういった本能があるがために、自分の仕事がブルシット・ジョブだと知っていても、それをやめないし、役に立つ仕事をしている人や、就業時間に少しの時間でも暇をしている人がいると「サボっている」と思ってしまうのかもしれません。

前述したアンケートでは、「あなたの仕事は世の中に意味のある貢献をしていますか?」というアンケートに37%が「していない」と回答しましたが、「していない」というなかの18%はそれでも「満足している」と回答したそうです。クソどうでもいいと思ってはいるけど、満足感をもって働いている人もいるということは、何らかの解決策はありそうです。

中産階級の人の多くは仕事に時間を費やすために、社会的なつながりをを持たない人が多く、生活による刺激は拡大せず、社会生活がオフィス内に留まる傾向にあります。そうなると、人生の学びの多くを仕事から得ているということになります。

著者の私見として面白かったのが、ストレス性疾患の多くがブルシット・ジョブが起因ではないかというもの。組織や上司部下との関係性を断つという手段によって抵抗、あるいは精神の回復を図ろうという。ブルシット・ジョブに就き続けるということは、悲惨な状況に身を置きつつそれを認めているという、サドマゾヒズムが内在しているように思われます。

一方、ブルシット・ジョブの精神的暴力から、別の社会的接点や目的を持つことによって正気を保ちながら生活している人も多いようです。

不必要なのになぜなくならないのか

ブルシット・ジョブは、政府と雇用主、そして被雇用者(そのなかでも職の違いごとに)、それ以外のエリートとの間で絶妙な均衡を保って維持されています。

被雇用者のなかで、ブルシット・ジョブに陥っている人は、リアルジョブ(本当の仕事)に就いているけど低賃金の人に対し、「自分は誰の役にも立たない仕事をしているのに」と思いながら嫉妬をしており、休みを主張しようものなら「立派な仕事をしているのに」と責め立てます。さらにリアルジョブに就いている低賃金の人たちは、仕事に誇りを持ちながらも一部の重労働をせずに社会的価値の高い行動をしているリベラルエリートに、魅力的な仕事を独占していると反感の感情を持ちます。

自動化によって週の労働時間は15時間でできるという予言は実現に向かうはずが、雇用を創出するための政策自体は誰からも歓迎されています。オバマ前米国大統領は複雑な保険制度を一本化するよりも、ブルシット・ジョブをそのままにしておいたほうが、効率化によって職を失う人たちの仕事を新たに探すよりよいと公言したのだとか。これは意図的にブルシット・ジョブが維持された事例でしょう。

職を失うことは、生活基盤を変えてしまいます。ブルシット・ジョブに就いていたとしても、報酬がもらえないのでは政府への怨嗟が広がってしまいます。政府へのメリットはそれだけではなく、雇用主と中間管理職、労働者がそれぞれ反目し合うことによって、政府への反感の感情から意識をずらすことができ、国家の政策への責任の注目をそらすことができます。

こうしてブルシット・ジョブに就いている人も、リアルジョブに就いている人も、いずれも政治エリートには反感を持っているのに、何も解決されない状態が続いているわけです。自動化によって大量失業を生み出すが、「仕事もどき」をつくり出すことで亀裂を塞いできたのです。

一案としての普遍的ベーシックインカム

著者は、自分のスタンスとして政策に関してなんらも提案はしないと述べてはいますが、ブルシット・ジョブを無くすための解決策として「ベーシックインカム」があるだろうとしています。ベーシックインカムであれば、政府がこれ以上規模を増やすことなく、かつ人々の生活をブルシット・ジョブが侵害する度合いを縮小することができるだろうというのです。

例えば社会保障手続きは、その保障をもらう資格がある人が手続きの煩雑さから申請しないという人を生み出すような事態をもたらしています(そもそも申請する資格があるのかすら知らない人もいますが)。制度を理解するのにサポートが必要だったり、書類の申請方法にはガイドブックが必要だったり、書類に不備があればリジェクトされる。私たちが自治体に行ってマイナンバーの発行をするのも大変だし、引っ越し手続きも大変だし…。まるで意図的に機能しないように設計されているかのようです。

2020年から2021年は、新型コロナウイルスによって収入が途絶えてしまう人たちに向けて、一律で給付金が支給されました。2020年はとにかくスピード優先と言うことで、比較的スマートでしたが、2021年はクーポンにするなどの話が出ていたりしました。冷静に考えれば条件なしの一律給付の場合のほうが導入コストは遥かに安く上がります。

だれしもに一律同じ金額が配布されるのであれば、中間コスト、管理の名の下におかれるブルシット・ジョブがそもそもなくなります。

ここでサドマゾヒズム的な人間の性で、働かないでもお金が入るのであれば、無駄なことばかりする人が増えるのではないかという反論もあるようですが、そもそも無駄な仕事をしていると感じているのが40%近くいるので、ベーシックインカムによって働かなくなる人がそこまでの割合いはいないのでは、というのが著者の見方です。

まとめ

本のタイトル自体が面白さを匂わせていて、アマゾンで勢いで買ったものの、その分厚さにやられてすっかり積読入りしていた本書。2021年に読んだ本の中では『LIFESPAN 老いなき世界』を超えて読みにくい本でした…。まだあちらは一定の研究をベースに書かれているので分かりやすい構成ではあったのですが、『ブルシット・ジョブ』は、実はかなり抽象度の高い内容でかなり回りくどく書かれているかな…というのが正直なところ。

とはいえ、主張としては一貫していて、若干偏りはあるかなと思いつつも、どうでもいい仕事がなくならない問題提起をしています。最後にベーシックインカムの話が出てはいますが、著者曰く解決策を提示したいのではなく、ただ問題提起したいということ。

ただ、この本でも論点構造としては、高所得者と低所得者の分断がありました。『サステナブル資本主義』では、消費者が「考える消費」をすることで資本主義が分断する構造を埋めていこうとしましたが、本書では「クソどうでもいい仕事」を気づかせる役割を果たして、働かない人がいてもいいという選択を示しているようにも思います。

読み終わって、ブルシット・ジョブを生み出すタスクマスターにだけはならないようにしたいなと思うのでした。

本の目次

『ブルシット・ジョブ』の表紙
『ブルシット・ジョブ』の表紙
  • 序章ブルシット・ジョブ現象について
  • 第1章ブルシット・ジョブとは何か?
  • 第2章どんな種類のブルシット・ジョブがあるのか?
  • 第3章なぜブルシット・ジョブをしている人間は、きまって自分が不幸だと述べるのか?
  • 第4章ブルシット・ジョブに就いているとはどのようなことなのか?(精神的暴力について、第一部)
  • 第5章なぜブルシット・ジョブが増殖しているのか(精神的暴力について、第二部)
  • 第6章なぜ、ひとつの社会としてのわたしたちは、無意味な雇用の増大に反対しないのか?
  • 第7章ブルシット・ジョブの政治的影響とはどのようなものか、そしてこの状況に対して何をなしうるのか
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