『ひとりの妄想で未来は変わる VISION DRIVEN INNOVATION』は、2019年話題になった『直感と論理をつなぐ思考法』の佐宗邦威(さそう・くにたけ)さんの本。
この本は思考法そのものの話ではなく、妄想から経営モデルに昇華させるまでの各プロセスでの「智慧」を紹介しているところ。本書では「創造と変革の36の智慧」という形でまとめられ、まるでどこかのビジネススクールのような表現がなされています(゚д゚||)
表現としては、なかなか志の高さが溢れていますが、イノベーションというほど大層なことでもないけど、既存のやり方を変えたいとか、新しい商品を作りたいというときに、「それ、そうだったなー」「こうしておけば、確かにもっとましだったかも…」ということが過去の記憶とともに甦ったり、現在そういう状況になっていたり、反省と改善のヒントがたくさん得られました。
0→1のタイミングなのか10→100のタイミングなのか、人ぞれぞれ環境によって違うとは思うけど、いま直面している問題がなんなのか頭の中を整理するためにも、この本を逆引きのような形で使うとリフレッシュして考えられるんじゃないかなと思います。
既存の組織との絡みで、新規事業がうまく行かないのは、そもそもルールが違うので当たり前の話。その大前提で新規事業を創発させるには…というヒントが大変学びになります。
本の概要と要約
著者の課題
経営層や上司はイノベーションの号令を出すが、実際の施策は小手先の変化としか思えないようなものになっている。根本的に新たなモデルを作らないといけない。
解決方法
創造の生態系を産むレシピ、前例のない取り組みをひとりの妄想を基点に実装していく創造と革新のための現場の知恵を紹介する
内容
・なぜイノベーションのゾンビ化し、新規事業は失敗するのか
-主役不在で誰のものでもない
-アイデアだけでまとまらない
-調整の結果小さくまとまる
-社内で支持されない
-既存事業と新規事業とでは、OSが違うから!
・これまでの組織(生産する組織)
-機械型OS
-インセンティブによる動機付け(外的)
-効率的分業
-トップダウン
ー効率化最大のための改善
・これからの組織(創造する組織)
-生き物型OS
-内発的動機
-創発する場
-ボトムアップ
-新たな価値の創造
・創造の生態系を生んでいくためのエッセンス
①人
-人が不在で前に進まないのは主人公が不在だから
-自分事化した主人公が必要
-辺境にいる妄想家の発掘と仲間
②場
-新しい取り組みは失敗できない空気がある
-自発的に遊べる場や仕組みが必要
-心理的安全性、情報の見える化
③意志
-数字で可能な意思決定ばかりの環境では困難
-ビジョンや存在意義が必要
-過去の根っこ探しと、発信も必要
④創造
-課題や時間軸で共創する方法論が違う
-やってみて考える
⑤組織
-機械的組織の滞り(内製意識、事業部長…)を乗り越える
-接ぎ木するのがイントレプレナー
-組織に新たな回路を発火させていく
本の解説と感想
36の智慧をそのまま書いてしまうとだいぶ大変なので、それは後半に回します。ここでは、著者が考えている課題と、その具体的解決に至るまでのプロセスを中心にまとめていきます。
※本書のP18.19に図がまとめてあるので、それを地図代わりに読んでいけばとても読みやすいです。
ゾンビのようなイノベーション活動が生まれるわけ
新規事業と既存事業は「混ぜるな、危険」とよくいわれ、これはイノベーション活動の現場ではひとつの常識となっている。そもそもこの二つの世界は廻っている原理が異なるのだ。それは”管理”と”創造”という、いわばウィンドウズとマックのような違い…
『ひとりの妄想で未来は変わる』p23
「生産する組織」と「創造する組織」のふたつの世界を分ける原理は、機械の世界と生き物の世界の違いにたとえられる。機械の世界と生き物の世界の違いをシンプルにいうと、”再現可能性”に対する考え方の違いだ
『ひとりの妄想で未来は変わる』p35
「新規事業」と「既存事業」、この2つは「創造する組織」「生産する組織」、「生き物の世界」「機械の世界」という対比にもなり、本書を読んでいくうえでのベースになります。
わたしたちの多くは、既存ビジネスをしながら、何か「新しいこと」をしなければならないという強迫観念に近いものを抱えています。テクノロジーの変化スピードの加速に伴い、すでに既存事業が永遠に続くものではないということに気が付いている人が多いからです。
誰もが声高に「イノベーションが必要だ!」というのに、結局は小さくまとまったり、進まなかったりします。それはなぜなのか、5つの角度からまとめられています
1.「人」の不在
主人公が誰もいない。誰も自分事化していない状態。
完璧でなくてもいいから少しでも前に進めようとする人がいない限りプロジェクトは前に進んでいきません。
※創造の智慧1~4が解決へのヒント
2.「場」の不在(智慧)
創発の場であったり、新規事業を進める土壌のようなものがない状態。
「ひとつも失敗できない雰囲気が漂うなか、新しいものを考えろというのは、謝罪会見をしている芸人に『お前ら、何か面白いことを言え!』と迫るようなものだ(p26)」とは、なんとも分かりやすい例えです。だれでもなんでも言える雰囲気「心理的安全性」も大事だと述べられています。
※創造の智慧5~8が解決へのヒント
3.「意志」の不在
「なぜ、やりたいのか?」「どんな問題を解決したいのか?」といった強い想いがない。あったとしても、数字で客観的に説明可能な意思決定ばかりをしている環境では難しい。
※創造の智慧9~12が解決へのヒント
4.「つくり方」の不在
サービスや事業をデザインしていくための方法というのはいくつかあるものの、それを知らなかったり、使い方を間違うとうまくいかなくなります。
例えば、1,2年の時間軸で考えるのと、10年の長期の時間軸でビジョンから考えていくのとでは、方法論が違いそうだというのは分かりますね。テーマや事業ドメインに合わせてこれらを使い分ける必要があります。
※創造の智慧13~16が解決へのヒント
5.組織とのすり合わせができない
新規事業というのは、はた目から見ると遊んでいるようでムダのように思われます。これは住んでいる世界が違うから、考え方も違うということを理解しておく必要があります。
実際、ここが一番苦しい。現場も疲弊してしまうポイントですね…
※変革のツボ1~20が解決へのヒント
イノベータージャーニー
イノベータージャーニーとは、佐宗さんの造語です。
もともとは一部の役割を果たす部品であった人がイノベーターになっていく成長段階を「イノベータージャーニー」と名づけた
『ひとりの妄想で未来は変わる』p39
ということだそうです。
このイノベータージャーニーは、4つの段階に分かれています。
1.「0→1」ビジョンづくり
妄想が構想=ビジョンに変わっていくフェーズで、ひとりの妄想から壁打ちの場をもったり、企む仲間との出会うことを通して進んでいきます。ビジョン思考やアート思考などの独創を促進する方法を採用する段階です。
※変革のツボ1,2がヒント
2.「1→10」コンセプトづくり
どんな価値があるのか、誰かの役に立てるという実感が持てるかどうかがポイント。
共感する仲間コミュニティと一緒につくる場があり、ひとり目のユーザーとの出会えるかどうかというフェーズです。このタイミングでは、デザイン思考やリーンスタートアップなどの方法論を採用します。
※変革のツボ3~7がヒント
3.「10→100」ビジネスモデルづくり
すでに、ニーズがあることは分かっているので、社会的に意義があるかを問うフェーズになります。限られたコミュニティで作っていたもの、あるいは限られたユーザーであったものから解き放つタイミングです。外部の協力者を見つける実験の場を持ったり、ベータ版を公開したり、クラウドファウンディングなど社会との接点をもつことで、意外なユーザーと出会えるかもしれません。
このフェーズでは、アジャイル開発やサービスビジネスデザインなどの方法論が採用されます。
※変革のツボ8~13がヒント
4.「100→∞」経営モデルづくり
確固たる事業として市場のなかでまわる形にする、すなわち経営モデルにしていくフェーズです。市場全体の中で大きく成長させられるかどうかが問われます。このフェーズでは、市場との絶え間ない対話と成長の仕組みづくりが必要です。グロースハック、リーンマネジメントといった方法論が採用されます。
※変革のツボ14~20がヒント
戦略だけでなく意義が必要
大量生産大量消費の時代と比べ、現在は科学技術による社会変化のスピードが加速しています。そのため、カイゼン思考よりも「理想の未来」を描き、そこから逆算していく思考が求められています。
昨今、ESGやSDGsなど、企業の活動に社会的意義も問われてきています。ユーザーへの単純な便益だけではなく、社会的に貢献しているという企業こそが共感を得て、選択されていく時代に入りつつあります。『人新世の「資本論」』でもミレニアル世代に代表されるグレタさんの怒りは、現代のツケを未来に回す大人たちを敵視するという形で具現化していきています。身近なところでは、会社の若いメンバーの行動も「なぜやるのか?」というところをとても重視しているなと感じます。
今や、社会価値の創造が起業の価値になっている。消費者からも従業員からも、会社がどのような世界を作り出したいのかというミッションや世界観への共感が求められる時代なんだと痛感します。
個人的に注意しなければならないと思うのは、青写真を描くだけでは実行がなされないということ。
イントレプレナーに必要な接木力
創造するというと、一人で起業して事業になしていく(アントレプレナー)ことがイメージされますが、社内起業家(イントレプレナー)という存在もあります。イノベーションは既存知と既存知の新結合(シュンペーター)とも言いますし、資本的にも社内で新規事業を立ち上げるほうが本来であれば効率的じゃないかなと思います。
ですが、著者の課題にもある通り、既存の組織では新規事業を立ち上げようという動きは、なかなかうまく行きません。
そもそもアントレプレナーとイントレプレナーとでは環境が大きく異なります。
アントレプレナーは、ゼロからビジョンを描き、外部調達に自由度があり、人材を自分のコネで調達できるひ、意思決定に自由があります。
一方でイントレプレナーは、会社のビジョンを大前提とし、社内の予算の一部を投資するという制約があり、社内人材を使うことが求められ、コンプライアンスの遵守が必要(上場企業ならなおさら)です。制約と調整コストが掛かるを代わりに、使えるリソースは多いというのがイントレプレナーの特徴になります。
佐宗さんは、イントレプレナーに必要なのは接木力だと述べています。イントレプレナーが挑む「機械的組織」が抱える5つの滞りを課題に挙げていますが、これらを乗り越えるヒントが「変革のツボ」としてまとめられているのが本書です。
1.内製の壁
できるだけ内部で完結させようとする働き。従業員と知財を囲い込むことは大切だが、外の世界へからの情報が遮断されてしまう可能性もある。
2.サイロの壁
縦割りでの進行が多く、何事にもまず上司に報告してからということになり現場レベルで調整できることも途方もなく遠いゴールになってしまう。
3.ミドルの岩盤
現場は環境の変化に敏感ではあるものの、ミドル層は上層部からの指令と部下からの突き上げによって疲弊してしまっている。惰性での進行になりがちだが、変革における決定打になる層でもある。
4.事業部長の岩盤
事業部長は数字を握っている。リスクの高い取り組みも必要だと思っているが、他の事業部長との競争から優先的なKPIを追いがちである。
5.理念の形骸化
多くの企業にあるミッション・ビジョン・バリューは歴史的資産ではあるが、現代からすると呪縛になっている可能性もある。現場では数十年前の文言に共感できないこともある。
創造する組織
経営陣がすべての情報を持ったうえで、正しい意思決定をするという時代はすでに終わったのだ
『ひとりの妄想で未来は変わる』p222
この言葉が、佐宗さんが伝えたいまとめなのかなと思いました。
ひとりの強いリーダーのもと一糸乱れぬ統率で動く完全な機械的組織ではなく、一部の人ためではない社会の多くの人を巻き込めるインパクトを持続可能な形で提供していくことが不可欠な時代に突入しています。
パートナー含めたメンバー自身が、その会社のミッションやその価値観であるバリューを体現しながら広告塔となり、自分たちなりの意思を発信しながら外部ユーザーを惹きつけたり求心力を高めていく組織が、これからの時代の組織の在り方になる流れになっています。
リーダーは必要ですが、導くリーダーから支援するリーダーへと意識を変えていくことが求められそうです。
「創造と変革の36の智慧」一覧
- 創造のエッセンス
- 人
- 1妄想を引き出し、熱を吹き込む
- 2 ともに企む仲間を作る
- 3 辺境に眠る妄想を発掘する
- 4 組織外の仲間から自信をもらう
- 場
- 5 場と間をつくり出す
- 6 創発を生みやすい土づくり
- 7 情報の全体像を可視化する
- 8 1.5歩先の旗を立てる
- 意志
- 9 ムーンショット型ビジョンをつくる
- 10 過去→現在→未来をつないだ新たな文脈づくり
- 11 言葉と物語によって魂を入れた意志にする
- 12 会社のタイプに合わせて意志をブランドに
- 創造
- 13 独創を最大化する共創
- 14 多様性から未来を創発する共創ファシリテーション
- 15 生んで間引く創発型戦略
- 16 目的に合わせた創造の方法論の使い分け
- 人
- 変革のツボ
- 0→1辺境でのアングラ活動
- 1 空き時間を利用して外に出る
- 2 勉強会や研修を仲間づくりの場にする
- 1→10部門横断の公式活動化
- 3 1.5歩先の戦略的テーマ設定
- 4 ハブ人材の開拓
- 5 マメな文脈共有と参加を促す仕組み
- 6 役員レベルのスポンサー獲得
- 7 人事などの間接部門と一緒に予算化
- 10→100革新の運動体を作る
- 8 大義をストーリー化して発信
- 9 小規模の実験による成功の可視化
- 10 外部メディアへの仕込み
- 11 経営企画と動き戦略部門化を目指す
- 12 イノベーション感度の高いトップを招聘
- 13 イノベーション型 KPI の設定
- 100→∞革新のスケールアウト
- 14 Big DataとThick Dataによる投資エビデンス
- 15 ビジネスモデル革新に注力する
- 16 10Xの戦略と改善の併用
- 17 可能性が見えた段階で集中投資
- 18 事業部、販社共同での価値探索
- 19 トップによる意義の啓発
- 20 ツールやノウハウの共有
- 0→1辺境でのアングラ活動
本の目次
- プロローグ
- 創造と変革の36の知恵
- 第1章創造の生態系を産むレシピ
- COLUMN 機械の世界と生き物の世界の原理
- 第2章【人】辺境に眠る妄想に仲間との出会いを
- 事例 NHK エディケーショナル
- COLUMN 同僚を仲間に変える「妄想インタビュー」
- 第3章【場】次のアタリマエを育てる土壌をつくる
- 事例 丸紅
- COLUMN 自律的な創造文化を作るためにできること
- 第4章【意志】根のある生きた息を発信せよ
- 事例 ALE
- 事例 NTTドコモ
- COLUMN 人文科学の視点を入れてWHYに文脈を与える
- 第5章【創造】自分たちらしい想像の形を作るべし
- 事例 山本山
- 事例 コニカミノルタ
- 事例 東京急行電鉄
- COLUMN BIOTOPE流創造の型
- 第6章【革新】機械型組織のツボを突き、新たなモデルを接木せよ
- COLUMN 変化を推進し続けるレジリエンスを獲得する「ストーリー型振り返りワークシート」
- 第7章創造する組織
- 事例 クックパッド
- COLUMN 経営者のための創造する組織への進化への道
- エピローグ