『代表的日本人』の書評とサクッと要約|内村鑑三が伝えたかったこと

代表的日本人 名著
代表的日本人(内村鑑三著)

内村鑑三が本書『代表的日本人』を世に送り出したのは1907年。この本はタイトルの通り日本を代表する人物について、内村鑑三が自身の考察を含めて記したものです。その時代を背景とした使命感を帯びた書でもあり、海外に向けて日本人というものを知ってもらいたいというレポートでもありました。

この頃、時同じくして新渡戸稲造の武士道、岡倉天心の『茶の本』と日本の精神を伝える書が書かれています。鎖国と言う閉鎖的な政策を執っていた日本が、日米和親条約から50年ほどで急速に近代化していく姿を、当時の諸外国はどのように見ていたのでしょうか。興味なのか恐れなのか。この3つの書物はいずれも英文で書かれており、読み手は海外を想定していたものでした。歴史的な背景と著者たちのジレンマがそこにあるような気がします。

内村鑑三は、日清戦争のときにはこの戦争が義戦であることを主張しようと”Japan and the Japanese”という本を書きました。しかし日露戦争では一転、あらゆる戦争に義はないという立場で、”Japan and the Japanese”の一部を切り出しでまとめられたのがこの『代表的日本人(原題はRepresentative Men of Japan)』。

内村鑑三はキリスト教徒でした。ですが、日本人にもその精神・あり方が優れた人たちがいることと、日本人にそれが脈々と引き継がれていることを主張したかったのではないでしょうか。

現代は一体だれがこの本を読むのでしょう。それは海外の人ではなく、私たち日本人でしょう。代表的日本人たる人格を持った日本人が、現代にいかほどいるのでしょうか。その姿が絶対ではないにせよ、代表とされる5人にはそれぞれの美学があり、魅力があります。

あなたの在りたい姿と照らし合わせ、読み進めていくと、きっとファンになってしまう人物と巡り合えるのではないかなと思います。みんなで集まって、どの「代表的日本人」が好きか、語り合ってみるのもいいですね。

ちなみにNHKの『100分de名著』でも放送されています。時間があれば視聴してみてはいかがでしょうか。この番組は本当にわかりやすい…

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『代表的日本人』の概要と要約

代表的日本人の概要
『代表的日本人』の問題提起

何を?
(内村鑑三が外国に伝えるべきと考えた)5人の代表的日本人の生き方を。

誰に?
日本国内から国外に出ようとする日本を恐れる、諸外国の人々へ。

なぜ?
キリスト教徒よりも優れている日本の人物がいることを伝えることで、日本の長所を伝える一助としたい。

代表的日本人の要約
『代表的日本人』の要約

内容
・西郷隆盛
 -しきりに天を語り、待った人。
 -天はあらゆる人を同一にする。ゆえに我々も自分を愛するように人を愛さなければならない。
・二宮尊徳
 -貧しさに育つ。倹約と勤勉を買われ役人となる。
 -「私」を後回しにして、誰もやりたがらない仕事に価値を見出そうとした。
・上杉鷹山
 -藩を継ぐと負債だらけであった。
 -民の父母になることを第一とし、天から託された民を自分の自由にしなかった。
・中江藤樹
 -11歳で『大学』を読み、感銘を受ける。
 -学校とは真の人間になるための場であり、人と人は比較せず、独立していると考えた。
・日蓮
 -既存権力と一人で戦った。
 -仏の教えは一つだけなのに、なぜ多くの宗派があるのか疑問を持ち、本当に大切な教えを大事にした。

著者:内村鑑三とは

内村鑑三(うちむら・かんぞう)は、1861年に高崎藩の下級武士の子として生まれます。クラークが開校した札幌農学校でキリスト教に出会い、洗礼を受けています。このころ、札幌農学校はエリートたちが集っていました。同級生に新渡戸稲造もいました。

内村鑑三と言えば、不敬事件を連想する方も多いのではないでしょうか。教師をしていたとき、教育勅語奉読式において最敬礼しなかったことが、同僚や生徒などに非難され社会問題化しました。このことがきっかけで体調を崩し、さらには教職を追われます。その後教師に戻り、思想家として様々な発信をしていくこととなります。

本の解説と感想(レビュー)

西郷隆盛は天の声を聞いた?

なぜ一番最初に西郷隆盛なのかを思考を巡らせました。
西郷隆盛にあったのは、いま盛んに言われるような「全体性」とも似ている気がしますが、「愛」だったんじゃないかなと思います。

西郷隆盛自身がしきりに「天」というように、内村鑑三も「天」を強く意識しているようです。表現がとにかく美しいのは訳者のおかげかもしれません。

静寂な杉林のなかで、「静かなる細い声 」が、自国と世界のために豊かな結果をも
たらす使命を帯びて西郷の地上に遣わせられたことを、しきりと囁くことがあったのであります。

代表的日本人

内村鑑三が描く西郷隆盛は、とにかく待つ人でした。「待つ」という行いを通して、運命を受け入れようとしているかのように。

上杉鷹山は名経営者

このエピソードが好きです。

目の前の小さな炭火が今にも消えようとしているのに気づいた。大事にしてそれを取り上げ、そっと辛抱強く息を吹きかけると、実に嬉しいことには、よみがえらすことに成功した。”同じ方法で、わが治める土地と民とをよみがえらせるのは不可能だろうか”そう思うと希望が湧きあがってきたのである」

代表的日本人

利他の精神ですよね。自分自身ではなく、土地と民を心から愛している。

上杉家と言えば百万石の大名というか、大大名。しかし、反徳川に付いたため、徐々に石高が削られていましたが、家臣はそのままで固定費がかかり、しきたりもずっと変えてなかったようで債務超過状態だった模様。藩の総力をあげても5両を工面できないというありさま。そんななかで上記のような心の持ちようですよ。

そしてエピローグが泣ける。読んで泣いてください。

二宮尊徳は「私」を二の次にした

上杉鷹山にも通じるのが二宮尊徳。上杉鷹山は君主ですが、二宮尊徳は叩き上げという感じです。

16歳のころに父親を亡くし、叔父の世話を受けます。僕らが知っている二宮金次郎はこのころの話。叔父に世話にならないよう働き、夜に油を使って本を読むことを叔父になじられたため、山に行く往復の道で本を読んでいました。それから叔父の家を離れ、荒れ地を整え資産を得ます。超貧乏だったところから勤勉と倹約で公の仕事に抜擢されました。

印象的な言葉がこれ。

荒れ地は荒れ地自身のもつ視力によって開発されなければならず、貧困は自力で立ち直らせなくてはなりません

代表的日本人

これは今に生きる僕らにとっても気付きになる言葉です。すべては自分次第。ですが、誰もが自力で改善できるわけではない。だれもが着目しないけど大切なことに気づかせて促してくれる、そんなリーダーシップを発揮したい今日この頃。

中江藤樹という教育者

中江藤樹という人を本書を通して初めて知りました。僅か11歳で『大学』にある「天子から庶民にいたるまで、人の第一の目的となすべきは生活を正すことにある」というフレーズ読んで、この言葉。

このような本があるとは。天に感謝する

代表的日本人

神童でしょ、これ…

中江藤樹は村で先生をしていたのですが、遠方のサムライが弟子になります。これが熊沢蕃山で、藤田東湖がその思想に傾倒したのだとか。その藤田東湖の影響を受けたのが西郷隆盛。ここでつながってくるとは。

教えで重視したのは、一人一人の徳と人格だったそう。それは人間一人一人が独立した個性であって、比較できるものではないということなんでしょう。生活を正し、日々小さな善行を積むことで人格が形成され、真に人を感化させる影響力を持つようになるんですね。

日蓮はただ素朴に抗った

内村鑑三が日本を代表する5人と紹介したなかでも、際立って破天荒なのが日蓮。異質です。辻説法という道端で説く型破りなことをやったりしていました。

ですが、その動機はシンプルです。

仏の教えは一つしかないにも関わらず、なぜ複数の宗派が乱立するのか。ただ仏の言葉のみ耳を傾けるべきだという並々ならぬ意志。

ですが、これは既存の仏教を批判するということに他なりません。日蓮は故郷で自分の考えを述べると村を追い出されてしまいます。さらに辻説法が評判を呼ぶと高僧たちからは睨まれる始末。さらにまったく後ろ盾がないまま時の権力者・北条時頼に既存仏教に批判的な『立正安国論』提出し、結果流罪に。まさに不屈。

本質はたった一つでしかない。それに気が付いて一人で抗っていた日蓮。

現代社会においても既得権益にしがみついたり、コンフォートゾーンに入ってしまって現状から抜け出せなくなっている人は多いです。日蓮のエピソードは今に生きる私たちへの風刺なのかもしれません。

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