「具体」と「抽象」を行き来する、という思考方法は、ほとんどの人が意識せずに自然と身につけているもの。具体的な事象を、誰かに分かりやすく伝えるために、一段上に抽象度を上げて、別の事例に落とし込んで説明する。コミュニケーションを円滑にする上で欠かせない能力です。
例えるなら、これでしょうか。
料理人トニオ・トラサルディーの作った「モッツァレッラチーズとトマトのサラダ」に対する虹村億泰の食レポです。素材がお互いをお互いが引き立てる、ということを、サイモンとガーファンクルのデュエット、ウッチャンに対するナンチャン、高森朝雄の原作に対するちばてつやの「あしたのジョー」、と畳みかけるように例えています。億泰は、他にも辛いスパゲティを「食べれるわけない」と言いながら病みつきになっていつの間にか食べきってしまう状態を、「『豆まきの節分』の時に年齢の数だけ豆を食おうとして大して好きでねぇ豆をフト気づいてみたら一袋食ってたっつーカンジ」と表現する、具体と抽象の天才です。
さて、冗談はここまでにしておいて、『具体と抽象』。サクッと読めて、4コマ漫画もあり、それこそ「抽象化」されていて、とても分かりやすい良い本でした。
具体性は重要だけど、抽象度を上げれば、論点が明確になり、全貌が掴めるようになる。
著者が序盤に書いている課題としているものは、「具体」が重視されていて「抽象」が悪者になっているということなんだけど、個人的にはそんな気は全然していない。2014年の本ということもあるので、ちょっと考え方が違うのかも。
ただ確かに、数値目標とかに落とし込むという具体性が重宝される一方で、抽象的なものを扱うときには「何の意味があるのか」を説明することが難しく、結果的に中途半端で打ち止めにされるということもあります。
自分も具体性が苦手。風呂敷を広げてしまうけど回収するには、自分だけではできないので、誰かに実行してもらう必要があるのだけど、合意が取れずに巻き込んだ形になってしまうこともしばしばある。自分で考えて動いてくれよ、と思ってしまいがちだけど、目の前のことに向き合うので手一杯だと、それは無理ですよね…
本文中に、具体と抽象は相対的、という表現があるのですが、自分でも目の前の具体のなかに生きていると思うことが多くあります。経営者の視点から見れば、些末なことでしかなく、もっと大きな枠組みのなかでは手段や事象のひとつでしかない。これが「視座」というものでしょうか。ただそ自分にとっては重要なことなので、ないがしろにされると反発心が生まれてしまいます。
コミュニケーションは、具体と抽象がお互いにどの位置で語っているのかが理解できると、とてもやりやすいのでしょうね。難しいけど…
本の概要と要約
著者の課題
「具体=わかりやすい」「抽象=わかりにくい」と認知され、抽象というものが否定的に用いられることが多いがとんでもなく大きな誤解だ。
解決方法
「抽象概念を扱う」というのは、不連続な変化を起こすために必要な知的能力。抽象という言葉に対して正当な評価を与え市民権を取り戻す。
内容
・抽象化なくしては生きられない
・「まとめて同じ」と考える人間のすごさ
-具体レベルに見てると無限い時間がかかる
-話の旨い人は具体と抽象を往復している
-名言は抽象度が高い
-自分に合わせて解釈できる
・なぜ話がかみ合わないのか?
-どのレベルの話をしているのかという視点が抜けている
ex.「リーダーの意見」や「伝統」は変えるべき?
-抽象:目的(基本方針、経営哲学)
-具体:手段(方法1、方法2…)
-話がコロコロ変わる、といいうのは話を聞いてるほうの問題かも
・抽象化とは枝葉を切り捨てて幹をみること
・抽象化だけでは生きにくい
・抽象度の高い人と具体のみに生きる人では見えているものが違う
-抽象的(ビジョン、創造性)
-解釈の自由度が大きい
-適用範囲が広い
-逃げ場の余地を残す
-具体的(数字、効率性、実効性)
-解釈の自由度が小さい
-適用範囲が狭い
-逃げ場がなくなる
・抽象化の課題
-抽象化したルールの固定観念化
-本末転倒に
-自分だけが特別という思い込みから一般化されるのを嫌う
-多種多様な経験をするほど共通部分と違う部分に目が向けられる
・結局、抽象化と具体化をセットで考える必要がある
具体と抽象とは?
「具体と抽象」とは、情報や物事の表現方法や考え方に関連する言葉です。
具体とは、感じたり、観察したりすることができる、実際的な物や事柄を指します。例えば、「赤いリンゴ」や「5キロの重さ」など、直接的に感じることができる事柄や物を指します。
一方、抽象とは、具体的な存在や形がなく、概念や理論として理解することができるものを指します。例えば、「自由」や「平等」、「愛」といったものは、具体的な物体や形としては存在しないものの、人々の間で共有される考えや価値として存在します。
著者:細谷功とは
著述家、ビジネスコンサルタント。1964年、神奈川県に生まれる。東京大学工学部を卒業後、東芝を経てビジネスコンサルティングの世界へ。アーンスト&ヤング、キャップジェミニなどの米仏日系コンサルティング会社を経て、2009年よりクニエのマネージングディレクターとなる。2012年より同社コンサルティングフェローに。専門領域は、製品開発、営業、マーケティング領域を中心とした戦略策定や業務/IT改革に関するコンサルティング。あわせて問題解決や思考力に関する講演やセミナーを企業や各種団体、大学などに対して多数実施している。 著書に、『地頭力を鍛える』『アナロジー思考』(以上、東洋経済新報社)、『いま、すぐはじめる地頭力』(だいわ文庫)、『メタ思考トレーニング』(PHPビジネス新書)、『会社の老化は止められない』(亜紀書房)、訳書に『プロフェッショナル・アドバイザー』(デービッド・マイスターほか著、東洋経済新報社)、『ハスラー』(アリ・カプラン著、亜紀書房)などがある。
●公式
Twitter:細谷功@IsaoHosoya
本の解説と感想
抽象化の本質
抽象化とは一言で表現すれば、「枝葉を切り捨てて幹を見ること」といえます
『具体と抽象』p26
「言葉」と「数」に抽象化の本質が隠されている、と述べられています。つまり「犬」とか「3」を理解できるのは、「まとめて同じ」という考えがあるからこそということです。
柴犬もパグもダルメシアンも、まとめて「犬」だし、りんご三個、犬三頭、本三冊も、まとめて同じと考えるから3という数字の意味が成立しているわけです。『サピエンス全史』にもある通り、言葉は抽象化を可能にし、虚構による想像上の共同体と秩序を手に入れることができたわけですが、まさにそれですね。見たこともない人たちとも、例えば神であったり、貨幣であったりなどがあるからこそ、つながることができたということです。抽象化とは人間にしかできないすごい概念なのです。
抽象化とは、「まとめて同じ」にすることであり、デフォルメ化でもあります。私たちは、鮪も鮭も鯵も魚とまとめることができるので、「魚を食べよう」という会話ができ、何万匹もいる個々のイワシを指して「イワシの群れ」とまとめられるのです。また、「投げる」という物理的動作なのにも関わらず、「手から離す」という意味を捉えることによって、「諦めて放棄する」という意味で「投げる」という言葉を使うことができたりします。
似顔絵やモノマネが得意な人は、デフォルメ化が得意とも言い換えられます。最近は細部まで再現するほうが感心されることが多くなってしまったので、極端な顔モノマネをする人はいなくなった気はしますが、セロテープで顔を作るというのは、その人を表現するために「それだけあればわかる」状態にまで削ぎ落した結果でしょう。
このように抽象化は、伝えたいことを伝えるために、圧倒的に効率的な手段として活用されているのです。
具体と抽象の関係
ズレや行き違いが出るのは「具体か抽象か」の尺度が相対的なものであるから
『具体と抽象』 p47
抽象と具体の関係性はピラミッドのように、上から下に段々と広がっていくようなイメージで、上位概念と下位概念の比較の連続になります。
「おにぎり」は具体化されたものなのか、あるいは抽象化されたものなのかを考えてみます。前提として比較対象が存在しないことには、どちらとも言えないということがお分かりいただけたでしょう。ツナマヨネーズのおにぎり、鮭のおにぎり、高菜のおにぎり、というものと比較した場合、つまりそれらは何か?という話になればようやく「おにぎり」という抽象化された上位概念が成立します。
ところが「おにぎりとは何か?」という話になったら「食べ物」という上位概念であると気が付きます。そうすると「食べ物」の下位概念のなかには、「おにぎり」のほかにもたくさんの具体的な「食べ物」があるということが分かります。
このように目の前にあるものが、具体的なものなのか抽象的なものなのかは、議論すべきことがどのレイヤーのことなのかは、上下の構造を確認をすることによってよりスムーズに進むことも多くなります。
例えば、上司が部下に「適当にやっといて」という具体性に欠ける依頼をしたとします。抽象度の高い世界で生きる人であれば自由に考え、上司をコンセンサスを取りながら具体的に落とし込んでいくことができますが、具体に生きている人の場合、指示が曖昧すぎて何をしていいか分からず身動きが取れなくなってしまいます。上司が言う「適当」のなかにも本当は具体的な意味があるはずなのに、掴める人と掴めない人が必ずいます。なので、上司は責任をもって部下の思考を見定めていくことが求められます。
人に仕事を頼んだり頼まれたりするときにも、その人の好む「自由度の大きさ」を考慮する必要があります
『具体と抽象』 p62
本末転倒が起こるメカニズム
抽象度の高い概念は、見える人にしか見えません。抽象化というのは、残念なが「らわかる人にしかわからない」のです
『具体と抽象』 p111
抽象化することのメリットは、これまで話してきた通りですが、抽象化だけでは本末転倒になる可能性が大いにあります。おそらく私たちはその場面によく出くわしています。個別の事象を解決するためにルールが整備されたり、理論や法則によって説明ができたりするわけですが、一度ルール化してしまうと抽象化は固定観念として人間の前に立ちはだかります。
身近なところでは「校則」を思い出してみてください。ブラック校則などと揶揄されますが、例えば「女子は髪型を三つ編みにしなければならない」という校則があるとして、現代の我々には一体何の理由があってそんなルールになっているのかサッパリ分かりません。その校則が制定された時代には、それが当たり前のように受け入れられる環境があったのでしょうが、現代では、それが伝統とか規律とかで思考停止してしまっていて反発を生み出す要因になっています。
歴史的なところでは、天動説と地動説の話が当てはまります。「地球は宇宙の中心であり、太陽や月や星が地球の周りを回っている」という考えを、当時の圧倒的権威たちが支持した考えを否定することができなかったのは、本末転倒と言えるでしょう。
一方で、具体化でも本末転倒は起こります。
仕事で何かKPI(重要成功指標。詳細は『KPIマネジメント』で紹介)を設定したとします。「営業活動のアタック数だ!」としてとにかく営業電話をかけまくることがけが目標になってしまうと、実際には成約に結びついていないのに、営業電話の数をこなすことが仕事になってしまうなんてこともあるある話でしょう。
どうやら、抽象化するだけではダメそうだし、抽象化してから具体化に落とし込んだだけでもダメそうです。固定観念に捉われないようにするには、具体と抽象を往復するということを踏まえておくことです。
抽象化は、具体的ではないので定量的に図ることが困難な場合が多いです。例えばビジネスで言えば「ミッション」「バリュー」「ビジョン」であり、手段に乏しく実行イメージからはやや遠いです。具体化はと言えば「戦術」「期限」「数値」に落とし込まれるため、実行イメージが湧いていきます。
環境の変化によって「戦術」は変わって当然なので、そうした場合は「ミッション」に立ち返り、本質を再発見したうえで、また具体的な方法論に落とし込んでいく。そうした具体と抽象の往復する考え方がないと、古びた校則に捉われ、時代に取り残されてしまうのです。
抽象化の一法通行
自分には理解できないレベルの抽象度を前にすると、私たちは「わからない」と批判の対象にしてしまう
『具体と抽象』 114
社会に出ていろいろと経験してくると、社会に出たてのときとは全く異なる「視座」というものが手に入ります。アルバイトで働いていたとき、新卒で初めて会社と雇用を結んだときには理解ができなかったいろいろが、見えてくるようになります。
部下や後輩を持ったことがある人は、仕事の話をしていて、相手がポカンとしてしまってるなと思うことがあるのではないでしょうか。話の聞き手からすれば、なぜこの仕事をするのか分からない、言っている意味が分からない。そんなところでしょう。逆もしかりで、異なる業界の人と話をしていて、相手が普通に略語として抽象化して使っている言葉、業界用語が全くわからなかったり、イラついたりすることもありますよね。
人それぞれ、思考の階層や世界が異なるということを理解しておくことが大切です。具体の世界で生きる人は、その上の抽象化された世界を見ることが難しく、コミュニケーションをとるうえでは、相手がどのレイヤーにいるのかを見定めたうえで、会話をしていかないといつまでも噛み合いません。
ただし、先にも書いた通り、具体と抽象は相対的なので、あなただって誰かから見れば具体の世界に生きていることも忘れてはいけないでしょう。多種多様な経験を積んでいけば、ここの部分は違うが、ここの部分は同じだというように、共通部分にも目が向けられるようになっていきます。そうしたトレーニングをすることを意識しておくとなおよさそうです。
まとめ
具体と抽象という構造を踏まえておくことで、自分が直面している事象がどいう存在なのかを追捉えることができ、根本的な解決をするためには抽象度を上げて考えてみることが大事であることが分かります。ただし、これは往復が必要で、抽象化と具体化を行き来させ続けることで、変化していく環境や、自分とは異なる視点や視座を持つ人たちとも円滑にコミュニケーションをとることができるようになりそうですね。
本の目次
- 序章 抽象化なくして生きられない
- 第1章 数と言葉 人間の頭はどこがすごいのか
- 第2章 デフォルメ 優れた物まねや似顔絵とは
- 第3章 精神世界と物理世界 言葉には二つずつ意味がある
- 第4章 法則とパターン認識 一を聞いて十を知る
- 第5章 関係性と構造 図解の目的は何か
- 第6章 往復運動 たとえ話の成否は何で決まるか
- 第7章 相対的 「おにぎり」は具体か抽象か
- 第8章 本質 議論がかみ合わないのはなぜか
- 第9章 自由度 「原作」を読むか「映画」で見るか
- 第10章 価値観 「上流」と「下流」は世界が違う
- 第11章 量と質 「分厚い資料」か「一枚の図」か
- 第12章 二者択一と二項対立 そういうことを言ってるんじゃない?
- 第13章 ベクトル 哲学、理念、コンセプトの役割とは
- 第14章 アナロジー 「パクリ」と「アイデア」の違い
- 第15章 階層 かいつまんで話せるのはなぜか
- 第16章 バイアス 「本末転倒」が起こるメカニズム
- 第17章 理想と現実 実行に必要なのは何か
- 第18章 マジックミラー 「下」から「上」は見えない
- 第19章 一方通行 一度手にしたら放せない
- 第20章 共通と相違 抽象化を妨げるものは何か
- 終章 抽象化だけでは生きにくい